いざなと凛空の真実

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いざなと凛空の真実

 いざなが現れ、気持ちを元に戻す。何を思っていたんだろう。  私は真奈で、凛空という大切な彼氏がいるのに、なぜ、あんな可哀そうな書き込み主に同情し、感情移入してしまったのだろう。きっと名前が似ていたからだ。冷静さを取り戻す。  怪奇魂はだいぶ集まった。これをどの程度集めたら、呪いの病が治るのか、把握はしていない。いざなはそこまで詳細なことは教えてくれなかった。怪奇を集めて、本当に治るのかもわからない。暗黒の先の見えないトンネルの中にいるような気がした。 「いざなさん、怪奇魂はかなり集まりました。でも、もっと必要でしょうか。凛空の病はどの程度完治の可能性はありますか」 「ありがとうございます。ステキな怪奇魂がたくさんネックレスを通して私の所に集まっています。あなたは実に素晴らしい仕事をしてくれました。こんなに短期間にたくさんの情報を集めるなんて今までお願いした人間の中で、一番かもしれません」 「凛空、最近、少しばかり記憶を失っています。私はどうしたらいいのかわかりません」  いざなは終始落ち着いており、目をつぶっていた。いざなの周辺、つまり全身にたくさんの色合いの怪奇魂が浮かぶ。まるで壊れない色のついたシャボン玉が散りばめられているかのようだ。 「あなたのおかげで彼女を助けることができそうです」 「彼女って?」 「ここだよ踏切の彼女ですよ。私にとって彼女は最も大切であり、助けたい存在なのです。私が殺したのですがね」 「どういうこと?」 「冷たくしたら、あっけなく飛び込み自殺をしたのです。でも、私は彼女を愛しているんです」 「でも、冷たくしたのでしょ」 「好きだから、とことん優しくする期間と、とことん冷たくする期間を置くんですよ。暴力と優しさの間で支配するんですよ。すると、たいていの女性は私なしでは生きられなくなる。彼女はお気に入りだったのに、自ら死んでしまった。その後、私も、何人もの女性と付き合っていたのがばれてしまい、一人のストーカー女に刺され、殺されたんです」 「聖人君子みたいな見た目としゃべり方なのに、結構ひどい人間だったんだね」 「人は見た目じゃありませんよ。死んだ人間としか基本はつながることができない。だから、踏切の女はどうしてもそばに置いておきたいのです。女がいない人生なんてつまらなすぎですよ。いじめる対象がいないなんて、からっぽな気持ちです。恐怖に怯える顔を見るのが一番の快楽なのに」  平然とした顔でしれっと快楽を語るいざなは怖い。 「死んでも馬鹿は治らないというけれど、それに近い感じだよね。呆れてものも言えない。凛空とは全然違う。凛空のことは助けられるよね?」 「凛空……? はて、そんな人はいましたかね」 「蒼野凛空は、私の一番大切な彼氏です。幼馴染で、優しくて、カッコよくて、いつも面白いことを言って笑わせてくれるの。友達がいない私にもクラスで人気者の彼はいつも優しい。でも、呪いの病にかかってしまったから、あなたにすがったんじゃない!!」 「蒼野凛空なんて存在しませんよ。よーく思い出してみてください。あなたは幼少期から友達がいなかった。クラスに馴染めなかった。でも、そんなあなたに都合よくカッコいい人気者の彼氏ができるのでしょうか? ずいぶんと自分に都合のいい設定ですよね。そんな話は少女漫画の中くらいですよ。だんだん人は気づくのです。そんなに都合よく外見のいい男性が自分を好いてくれないと」 「でも、一緒に怪奇魂を集めたよ。怖がりなのに、いつも一緒に私たちは怪奇に立ち向かったんだから」 「凛空というのは、もしかして、あなたが創造した理想の男子像だったのかもしれませんね。スマホの連絡先に蒼野凛空なんてないはずですよ。写真にも写っていないはずです。あなたはずっと一人だったじゃないですか」 「何を言っているの?」  慌てて、スマホの連絡先一覧を見る。蒼野は「あ」の段だから、すぐに出るはず。友達のいない私の連絡先一覧は家族や店の番号しか入っていない。でも、「あ」がつく名前の人物は連絡先にいない。写真を見ると、凛空の姿は写っていなかった。いつも私一人が写っている。自撮りしている姿。凛空を撮ったつもりが、風景しか写っていない。これって、もしかして、本当に凛空はいなかった? 「あなたが凛空を消してしまったんでしょ!!」  強く問い詰める。 「まさか、そんなことはしません。ただ、真面目に怪奇魂を見つけてくれる人間を探し、あなたに辿り着いた、それだけです。ずっとあなたは一人で空想上の人物と一緒に活動していた、それだけです」 「あなたの目的は何?」 「ここだよ踏切にいた女性を呪縛から解くために怪奇魂が必要でした。でも、なかなか集められる人間はいない。そこで、集めなければいけないという設定が必要だった。それが、呪いの病です。もちろん、対人嫌悪症という病はでっちあげです」 「でも、医師に告げられたって」 「あなたは実際に医師に会っていないはずですよ」  たしかに、医師に会ってはいない。つまり凛空の話を鵜呑みにしていたということだ。 「担任の先生は覚えていてくれたよ」 「二人に対して話していましたか? あなた一人に対して話していたのではないですか? ネットや電話の場合も同様です。ネットや通話越しに相手の顔は見えない。だから、会わずして怪奇を集めてもらったのです。あなたが一人だと極力ばれないように」 「じゃあ、私はずっと一人だったということ?」 「あなたは後にも先にもずっと一人でした。ただ、周囲の人からは、最近独り言が増えたと認識されてしまったようですがね」  あぁ、そうか。納得した。ずっと友達がほしかったんだ。空想の物語では幼馴染みでかっこいい少年がいて、両思いになる。そんな漫画ばかり読んだり書いたりしていた。お互い言わずとも両思いで、浮気することもなくずっと一緒だという設定が定番だ。憧れていたんだ。でも、女の子の友達すらなかなかできずにいた。そんな私が勝手に想像していただけ? でも、実際に怪奇を集めた記憶はある。  でも、今思えばみんななぜか凛空をスルーしていた。気のせいではなかったんだ。そして、体調が悪いという理由で来ないときもあったので、結果的に一人で話を聞きに行った時もあった。小学校の村山先生も、凛空とは一言も会話していない。会話していたのは――今思えば私だけだった。 「でも、実際に私は色々な人と接触して怪奇を集めた。それは事実だよ。それに、あなたも幻なの? いざな」 「いいえ、私は幻ではありません。空想力の強いあなたを選ばせていただき、利用させていただきました。ここだよ踏切の彼女は私の大切な人なのです。でも、あの世にもこの世にも来ることができない状態で助けを呼んでいます。だから、私の所に呼んでずっと一緒にあの駅で過ごすつもりです。次の駅長が来れば、私たちは別の駅で一緒に暮らすでしょう。それには、怪奇魂の力が必要でした。でも、人間が集めたものしか効力がないとわかったのです。普通の人間で、集めてくれる人を色々選別した結果、時間と空想力のあるあなたを選ばせていただきました。あまり他人と接点がない女性を探していました。接点があると、私たちのことが色々と知られてしまうので。最後に、あなたからネックレスと私たちにまつわる記憶をいただきます。これが一番大きな怪奇魂となるでしょう。あなたはたくさんの経験をし、怪奇に触れましたから」 「じゃあ、大学教授っていうのは?」 「バケルの仕業かもしれませんね。既に腕輪自体ないのではないでしょうか?」  気づくと身に着けていたはずの腕輪がない。 「バケルは存在するの? あなたの仲間?」 「そんなところですが、それをあなたが知る必要性は皆無です」  いざなが私に向かい、手のひらを広げ何か光を放つ。それの勢いが激しくて、私は思わずしりもちをついた。その瞬間目の前にあった何者かは消失しており、今となっては確かめることができなくなっていた。  一瞬真っ白い世界に閉じ込められたと思ったけれど、気づくと自分の部屋だった。私は、今まで何をしていたのか、記憶は全くなくなっていた。ただ、想像していた幼馴染と怪奇体験をするという自作の漫画を描こうと思っていたネタ帳だけが机の上に置かれていた。ホラーとラブコメが融合した漫画だ。  でも、現実は退学になっており、人間に触れることが怖くなっていた。  将来も怖い。本当に怖いのは道を外れてしまった人間かもしれない。自分はちゃんと学校に行くとか就職するとかそういう道からはずれている。しかし、もっと怖いのはそういう人間に対する人間の憐みとなかったことにされる目だ。どんどん学校での辛い出来事を思い出す。家族との辛い出来事を思い出す。虐待され、なんとか進学するも、中退せざるおえなくなったんだ。  義理の父親の皮をかぶった母の交際相手の男は暴力を繰り返す。あざが日々どんどん増えていく。母親は見て見ぬふり。そして、外に助けを求めた。  知らない大人からお金をたくさんもらえるバイトを紹介すると言われる。モデルと称して写真撮影され、隠し撮りされてアダルトビデオに出演させられたんだ。そして、それがネットの動画に拡散された。  身体的暴力は受けなくなる代わりに、あの男に性暴力を受けるようになった。何度も何度も犯された記憶を思い出す。嫌な記憶もデジタルタトゥーも、もう消すことができない。だったら、私自身を消そう。潔く今日はそう思えた。  ふらっと夕暮れの町へ出る。カラスがかぁかぁ鳴いている。そんな声すら心地よく感じていた。私を大切に思ってくれる人間はこの世界にいない。凛空は最初からいなかった。凛空の元となったカメラマンは行方知れずの詐欺師。もう、何もいらない。どれくらい歩いただろうか。以前にも来たことのある人気のない踏切の前に立っていた。  カンカンカンカン――踏切の音が鳴り響く。たしか、ここだよって警告音が鳴り響く踏切で有名だった人気のない暗い踏切だ。でも、今日はなぜか普通の警告音に戻っている。修理したのだろうか。でも、何度修理しても直らない踏切で有名だった気がする。長年変な音がすることで有名でテレビでも取り上げられていたと聞いた。地元でも有名だったあの声―― 「ここだよ、ここだよ、ここだよ、ここだよ」  女性の悲鳴のような声は今日は聞こえない。  なんだか安心した。  足がたどたどしくなり、ふらつく。最近何も食べていなかったんだ。  私って何のために生きている?  親から暴力を受けるため? 好きでもない男に犯されるため?  知らない人に自分の体をネット上で見られるため?    私は何のために生まれた?  幸せになるためならば、私は幸せではない。  もう、こんな人生は終わりにしよう。  死ぬ寸前に踏切のここだよと叫ぶ女性が浮かぶ。踏切での自死だろう。そして、いざなは彼女が創造した理想像に違いない。  つまり、彼女は直接的に誰かに殺されたわけではなく、間接的に殺されたのだろう。この世の中で、人々の中で生きることが辛くなったということだ。  凛空は幻想だった。カメラマンのほうは外見が同じ生身の凛空でも、中身は悪人だ。それを考えると誰も信じられない。本当に優しい人っているの? みんな自分のことばかりで精一杯の世の中。助け合いなんて上っ面。保身のために笑顔で取り繕う人間たち。お金のためにただ頭を下げてひたすら労働する。出来の悪い人間はすぐに蹴落とされ、秀でた人間も嫉妬の対象として蹴落とされる。  だから私は創造したんだ。完璧で優しい男性を。実在の凛空はいい人ではなかった。私にこれ以上の救いはない。もう、何も考えられなくなっていた。まるで踏切にいざなわれるように、足が前に進んだ。たどたどしくも一歩一歩ゆらりゆらりと前のめりに歩く。   「さようなら……」  誰に言うわけでもなく、踏切の警告音が次に鳴って電車が来た時、私の体は踏切の中にいた。カンカンカンカン――電車の音がやけに大きかった。しかし、その後の記憶はもうない。 ♢♢♢ 「ここだよ、ここだよ、ここだよ、ここだよ」  通称ここだよ踏切。  一度警告音が普通の音に戻った時期が一時期だけあったのだが、ある少女が踏切で飛び込み自殺を図ってから、また踏切からは若い女性がここだよと言う声が聞こえるようになったと地元では噂になった。  そして、知らず駅という都市伝説の駅に迷い込んだ者は蒼野凛空という端正な顔立ちをした童顔の少しばかり頼りなく優しい駅長がいるという噂がオカルト界隈で話題になった。想像上の理想の人物と一緒になるためには、怪奇魂が必要らしい。そのために、今でもここだよ、と女性は毎日毎日電車が通るたびに誰かを呼んでいるらしい。あくまで都市伝説レベルの話だから、本当かどうかは確かめようがない。怪奇集めというネット掲示板の噂によると、蒼野凛空の名付け親はここだよ踏切にたたずむ女らしい。  
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