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そこは実家駅前のショッピングセンターだった。とうに消え失せ、コンビニと居酒屋に変わったはずのレトロな施設。
入り口右には八百屋さん。左手には肉屋さん。通路を進むと魚屋さん。あの頃と変わらない。生臭い魚屋の匂いも変わらない。
右に折れたところに、子供のパラダイスな文房具屋があるはず。
が。
九十度ターンした途端、パラダイスは消えてしまった。
私は、自宅最寄り駅のモールに立っていた。
会社から逃げ出したはずなのに、元に戻っている。
所在なくモールをうろつく。と、左手に違和感を覚えた。淡い紫色のコットンが目についた。母が好きな色のパジャマだ。
血液が逆流し、何かがこみ上げ瞼が熱くなる。
唐突に、今すぐ母の顔を見たくなった。昨日会ったばかりなのに。ウンザリしているはずなのに。
そっと、柔らかな布地に指を滑らせる。
「ママ」
何十年も使ってない呼びかけが口をついた。
「ママ! 私ここだよ! すぐ見つけて! 迷子になっちゃったよ! 迷子だからどこにも行けないの!」
堪え切れず、私はモールの冷たい床に座り込んだ。
「私のこと忘れたの!? 忘れたことも忘れたの?」
人目もはばからず、私は泣きわめく。
「私って意味なかったの? 私を産んで幸せだったって言って! 私を育てていい人生だったって言ってよ、ママ!」
涙でグシャグシャになった顔を紫色のパジャマにこすり付け、私は、誰にも届かぬ叫びを繰り返した。
〈了〉
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