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町にはスーパーがなかった。コンビニが入っている建物は、ショッピングセンターだった。床面積は、スーパーの四分の一もないだろう。
ショッピングセンターといっても、ほとんど装飾がない。床はむき出しのコンクリートで、生鮮食品店などの個人商店が集まっていた。
母は、毎日ここで買い物をすませていた。
入り口右手は八百屋で、左手は肉屋だ。店の看板がないので、店名はわからない。母はすべての店主を名前で呼んでいた。あとで知ったが、みな母と同じ小学校の卒業生らしい。
私は退屈を覚えながら、それぞれの店で買い物をする母に従った。
奥に進むと魚屋が見え、生臭い匂いが鼻をつく。コンクリートの床はいつも濡れていた。通路はそこで右手に折れる。
曲がった先には、小さな文房具屋があった。大人が二人入るスペースしかなかった。
退屈な時間の中で、その文房具屋はパラダイスだった。
普通の文房具の中に、折り紙、キャラクター消しゴム、数字をスライドするパズル、おもちゃのお金、トランプ……幼稚園児の心がくすぐられる。
母に従っていたはずの私は足を止め、キューピーのように固まった。
「そろそろ帰るわよ」
母に何度も催促されて、私は名残惜しくも店に別れを告げた。
やがて母は、ショッピングセンターに入ると、真っ先に私を文房具屋に連れていくようになった。
買い物が終わると私を迎えに行く。
母は私を気にすることなく買い物に専念できるし、私も思う存分パラダイスに浸れる。
迷惑なのは文房具屋の店主だが、母は、時々そこで買い物をしていたようだ。余計な出費だったに違いない。
おかげで私は、おもちゃのお金やスライドパズルで大いに遊んだ。
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