令和の母と娘

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令和の母と娘

 実家を毎週訪ねるようになって、一年になる。  両親は一軒家で二人暮らし。隣の市に住む兄夫婦が、二日に一度、介護に通っている。特に義姉(あね)には、感謝してもしきれない。  母は昨年、腰椎圧迫骨折したため、ベッドから起き上がれない。理学療法士が通い歩行訓練のリハビリを指導しているが、母はあまり乗り気ではない。  コンビニで買った食べ物を、父に渡す。父はずっとリビングのソファに座って、テレビを見ている。  一言二言話し、母のいる部屋に入る。彼女は開口一番、必ず言う。 「私、疲れちゃった、本当に疲れたわ」  通い始めた当初は(こっちは二時間以上かけて来たけど、あなた、ずっとベッドで寝ているよね?)と、心の中で突っ込んだが、免疫ができた。  この人は、動かないのではなく、動けないのだ。  八十過ぎの身体でベッドから動けない。それがどれほど疲れることなのか、今の私には、まだわからない。  介護用ベッドに角度をつけて、母に週刊誌を渡した。母は「こういうこと知っておかないとね」と、政治スキャンダルの記事に目を通す。  母が雑誌を拒まず喜んだことに、私は安堵する。 「お母さん、その手の話題好きだよね」 「違うわよ! こういうことを知るのは、自分を守るために必要なの」  この人はそうなのだ。  必要だから、仕方ないから、勉強になるから……必ず何かの理屈をつける。  楽しいから、ワクワクするから、ドキドキするから……自分が好きだから、という発想はない。  それは、彼女が昭和一ケタ生まれの戦中育ちだからか?  理由は分からないが、彼女の発言の癖は染みついている。  なぜなら。  私は彼女と付き合って五十年になる。
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