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「さっきはありがとう」
もう一度ジュースを買って戻る途中、ケイティが言った。
「ううん、いいの。つい頭にきて、ジュースぶっかけちゃった」
普段の私では考えられないことだった。街中で知らない中年女性から「〇〇監督の作品を汚すな」と言われた時ですら、私は何も言い返せずにただ立ち尽くしていたのに。自分が何かを言われるより、ケイティを馬鹿にされることのほうが耐えられなかった。
「よくいるのよ、ああゆう若い人たち。私のことを何も知らないのに、見た目をからかって笑うの」
ケイティの辛さを、全てではないけど私も理解できる。幼い頃の私もそうだったからだ。というか、今もそうなのだけれど。
「私も分かるわ。今まで話してなかったけど、私、前はもっと細くて‥‥‥。体質的に太りにくいの。羨ましいって言われるけど、私は辛かった。子どもの頃は男の子たちから『骸骨』とか『もやし』とか、『細すぎてキモい』とまで言われたわ」
「そうだったの‥‥‥」
「辛くて泣いてた時に、先生から言われたの。『その細さを武器にしてみたらどうだ』って。それからキッズモデルの仕事を始めたわ。それで少し自信はついたけど‥‥‥。いまだに自分の体型はコンプレックスなの」
「良い先生ね。てゆうか、レンカは気にするほど細くないわ。色白だし、すらっとして綺麗だし羨ましいくらい」
「前よりは太ったの」
食べる量が増えたのもあって、高校に入ってから少しずつ体重が増えるようになった。何より引きこもり生活でゲームをしては食べ、漫画を読んでは食べるという不摂生を繰り返していたために太った。フランスに行って一時期はストレスで痩せたものの、食生活に慣れてからは順調に体重が増えている。
「私の体型は武器にはならないわ。痩せろって言われてもなかなか難しくて‥‥‥」
「いや、なるなる!! 少なくとも私の前では武器になってるから!! あなたはそのままでいい!! 今のままで充分可愛いし魅力的なんだから、人の言うことなんて気にしなくて良い!! 無理に痩せなくていい!!」
「ありがとう、レンカ」
必死のフォローに、ケイティは嬉しそうに目を細めた。彼女が痩せてしまうのは何だか嫌だ。彼女が心からそうしたくてするならいいけれど、誰かに何かを言われて辛い思いをして、嫌々ダイエットをしたりするのを見ているのは辛い。かつての私もそうだった。からかわれるのが嫌で、太りたくて無理やりご飯を詰め込んでは吐いた。その日々のことを思い出すと、今でも苦しくなる。何より、私は彼女のこの見た目が好きなのだ。彼女が嫌だと思っている彼女こそが、私の好きな彼女なのだ。上手く言えないけれど。
手に持ったオレンジサイダーの一つに口をつける。甘い炭酸が、口の中で弾ける。もう花火大会も終盤だ。
「実は私ね、好きな人がいるの」
驚きのあまり飲んでいたジュースが気管に入って咽せ、ケイティに心配された。
「ケイティ、それ本当?!」
「うん」
前にクラスメイトのエイヴェリーから、ケイティが私を気になっていると聞いた。この半年くらいの間に、私は彼女の好きな人に昇格できたということか。それとも、別に好きな相手ができたのだろうか。前者だとしたら今すぐ海に飛び込みたいくらいに嬉しいけれど、後者だとしたら別の意味で身投げしたくなる。
「どんな人? クラスメイト? 髪型は? 性格は? まさかもう付き合ってるとか、変な詐欺にひっかかってたりしないよね?」
早口で尋ねる私の様子を見たケイティは、ふふふ、と笑う。
「付き合ってないし、詐欺でもないわ。片想いだと思うけど、相手は凄く素敵な人よ」
「イニシャルは?」
「秘密」
アナウンスのあと、最後の花火が上がる。最初と同じ緑色の光の粒が夜空に弾けて消え、あとは靄のような煙だけが暗い空にかかっていた。
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