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ストーカー
翌日から、あの金髪チャラ男のケイティへの付きまといが始まった。どこから私の家を聞き出したのか、チャラ男は朝7時に家の前にやってきて、
「ケイティちゃーん!! 愛してるよー!!」
と叫ぶ。近所迷惑だから辞めろと父や私が注意をしても聞かない。昨日は父が『おならカプセル』とマジックで書かれた空のガチャポンの玉を持って行き、これを開けられたくなかったら今すぐに消えろと脅して追い払った。今朝は近所の恐ろしいボクサー犬を連れた強面のおじさんに怒鳴られ、ようやくいなくなった。だが、きっとまた懲りずに明日も来るに違いない。夏休みの間くらい毎日朝寝をしようと張り切っていたのに、朝早く起こされる方の身にもなってほしい。
「ああよく寝た」
当のケイティは、チャラ男の愛の叫びに全く気づかずに熟睡していたようだ。いつものように八時半に起きてきて、父が仕事に出かけた後のんびりと朝食を食べている。私はケイティとテーブルに向かい合い、チャラ男が来ていた旨を伝えた。
「今日も来たの? 懲りないわね」
とケイティは眉を顰めて、好物の納豆ご飯を箸で口に運び、「美味しい」と幸せそうな笑顔を見せる。その表情に心がとろけそうになりながら、私は花火大会の時の話を蒸し返そうとしていた。そう、彼女の好きな人が誰かという話だ。
「ねぇケイティ、昨日のことだけど...」
思い切って切り出したところに、空気を全く読まない主義の母が三人分の緑茶を淹れてやってきて、ケイティの隣に腰を下ろした。
「ケイティちゃん、おかわりしたければ遠慮なく言っていいのよ。ご飯も味噌汁もたっぷり作ってあるから」
「ありがとうございます」
笑顔でお礼を言うケイティ。差し出された緑茶に口をつけ、「すごく美味しいです」といつものヒーリング・スマイルを浮かべる。それを見て満面の笑みを浮かべる母。
母よ、さっさとどっか行け。
私の無言の圧にも気づかず、母はケイティに学校のことやフランスの実家のこと、フランスパンの作り方なんかを聞いている。父も母もケイティのことをかなり気に入っている。娘の私よりも可愛いんじゃないかというレベルで溺愛している。ケイティが可愛がられるのは嬉しいから、一向に構わないのだけれど。
「ケイティちゃんは本当に可愛いわあ〜、お餅みたいで...。それに凄く良い子だし...。もう養子にしたいくらい」
ケイティが歯磨きに向かったあと、母がしみじみと語りながら緑茶をずずずと啜る。私もずずずと食後の緑茶を啜る。
「ケイティちゃん、彼氏なんかいるのかしら?」
タイムリーすぎる質問に、棒読みで「いないと思う」と短い返事を返す。ケイティに彼氏なんかできた日には、エッフェル塔の先端に串刺しにされたような胸の激痛が私を襲うに違いない。
テレビでは、東京のどこかの区で新たに同性結婚が認められたという話を報じている。神奈川のこの米神町ではまだ認められていない。どうしても一緒に暮らしたい人たちは、養子縁組をするしかないらしい。
「あなた、ケイティちゃんのことが好きね?」
...ぶほっ。
母の突然の指摘に緑茶を噴き出す私。
「やっぱり」
「ど...どうして分かったの?!」
「あなたのケイティちゃんを見る目、尋常じゃないから」
「私、そんなやばい目してる?!」
「ええ、してるわ。ケイティちゃんを見るときのあなたの目は、マダガスカルにいるフォッサそのものよ」
よく分からない例えをする母。私のケイティへの想いがバレていたことが、恥ずかしいやら情けないやら。
「ママはそういうの偏見ないの?」
「別に良いんじゃない? 恋に性別は関係ないし」
あまりのあっさりした受容の言葉に、これまで言えずに隠してきた私は一体...という気分になる。
「それよりもあなた、ケイティちゃんをちゃんと守ってあげないとダメよ。今朝も変なチャラいのが来て何か叫んでたし...」
「あの人は、ケイティが好きなだけで害はないのよ...多分」
「だけど近所迷惑よ。朝っぱらからあんなに叫ばれたら」
「それについては何とかするわ」
いっそあの金魚掬いのおじさんに毎朝来てもらって、用心棒をしてもらった方がいいかもしれない。
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