花火大会

1/10
前へ
/40ページ
次へ

花火大会

「ケイティちゃんを、花火大会に誘いたいと思ってるんだ」  トウマの口からこの言葉が出ることを、私はどこかで予感していたのかもしれない。ケイティは分かっていない。彼女は自分が誰にも愛されない存在だと思い込んでいる。だけど、そうじゃないことを私は知っている。私だけじゃなく、彼女の周りの友人たちも。 「いいんじゃない?」  本当は嫌だ。だって、私も彼女が好きなんだ。トウマには自分が女の子を好きかもしれないことを、まだカミングアウトしていなかった。好きな人がいることだけは電話で伝えていた。それがケイティなんだって、彼女と2人で花火に行くんだって、言おうか言うまいか迷っていた。だけど、幼馴染のトウマにこんなことを言われたら、本音を言えるはずなんてなかった。トウマが馬鹿がつくほどお人好しで、私が辛い時もずっと変わらず友達でいてくれるような優しい人だということを知っているからこそ余計に。 『俺ってさ〜、ふにふにしてる外国人の子が好きなんだよな〜。たまんないよな〜』  と前にトウマが言っていたのを、私はちゃんと覚えていた。彼の部屋の床に、どこから手に入れたのかすごくまん丸な外国人女性(人妻)のDVDが置かれていたのを見て見ぬふりをしたこともある。彼曰く、ふにふにしていればしているほど興奮するのだそうだ。だから、ケイティを彼に紹介するとき少し躊躇した。そして、そんな自分を心の中で戒めた。  ケイティは今、日本の神奈川の米神町にある私の家にホームステイしている。彼女と私は、フランスの演劇学校のクラスメイトだった。私は日本でモデルをしていたのだが諸事情で辞め、2年ほど引きこもり生活を送ったあと、一念発起して演劇を学ぶためにフランスに留学した。  役者志望ではなく脚本家志望のケイティは、面白い物語を書く天才だ。最初、私は彼女のそんなところに憧れた。彼女も私と同じように極度の人見知りで引っ込み思案な性格だったからかよく波長が合って、最初から楽に話せた。話していくうちに、彼女が日本が好きだということが分かった。ケイティはアニメや漫画などのサブカルチャーだけでなく、日本のお笑い芸人や有名な俳優の名前も知っていた。料理や季節ごとの行事などその他の文化にもとても詳しかった。私のアパートに遊びにくると、作った肉じゃがや味噌汁なんかの和食を美味しいと連呼しながら食べてくれた。彼女が笑顔で美味しそうに食べている姿を見るのが幸せだった。  夏休みに入る前の七月末、ケイティが本屋でのバイト代が溜まったので、念願の日本旅行がしたいのだと私に打ち明けた。それなら帰省するついでに彼女を日本に連れて行って、夏休みの間我が家に泊まれば良いと提案した。最初は遠慮していたが、その計画を聞いた私の家族が歓迎している旨を伝えたら、安心した様子で「じゃあお言葉に甘えて、お世話になろうかな」と笑った。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加