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そして迎えた花火大会当日ーー。
一足早く、トウマとミコトが家まで迎えにきた。トウマは紺色のしじら織の甚兵衛を、ミコトは黒いロゴ入りのTシャツにボーイッシュなジーンズスタイルでやってきた。私は先に母にメイクと髪を整えてもらい、浴衣を着せてもらってリビングで待っていた。
「レンカ、めっちゃ綺麗だよ」
ミコトに誉められ少し照れる。明るい茶髪でショートヘア、スラリと背の高い彼女は、宝塚の男役のような雰囲気を身に纏っているために、中学の頃クラスで『王子』と呼ばれていた。そのハンサムな見た目は今も変わっていない。
トウマとミコトも一緒にソファに並んで座りながら、私が観ていた『幻の怪魚を探せ!』という番組を眺めていた。五分ほどして後ろから、
「みんなお待たせ」
と声がした。後ろを振り向いた私は、目の前に立っている少女がケイティであるという事実に頭が追いつかなかった。紺色の鮮やかな赤と青の紫陽花柄の浴衣を赤い帯で結んだ彼女の姿は、それこそ夏空の下に咲く紫陽花のように美しかった。まじまじと見なくても、中のスリップが透けて見える。脳内で何発か花火が上がっては消えた。
「レンカ、鼻血!」
ミコトがポケットティッシュを取り出して、素早く私の鼻にあてがった。
「おいおい、勘弁してくれよ」
トウマの顔は蒼白になっている。
「大丈夫?! レンカ」
ケイティが心配そうに私を見つめている。
ーーえ、何? 鼻血って。
恐る恐る、鼻に充てられたティッシュを手に取る。白い紙の上、べっとりと付着する真っ赤な液体ーー。
「ひいい!!」
慌てて洗面所にダッシュする。
鼻血なんて出したのは、三歳の時に家の近くの野原を駆け回っていて、転んでたまたまその場所に誰かが刺しておいた割り箸が鼻の穴にINしたときくらいだ。あの時は大声で泣いた。今は別の意味で泣きたい。ケイティの浴衣姿に興奮して出た鼻血としか思えない。てゆうかばっちり本人に見られてるじゃん。恥ずかしすぎる。いっそこのまま花火みたいに空に打ち上げられてしまいたい。
洗面所のシンクで、手拭き用のタオルに水をつけて鼻血を必死に拭う。幸い浴衣は無事だ。化粧直しだけして洗面所を出る。待ちに待った花火大会、ダチに興奮して鼻が決壊だなんて、まるで下手なラップみたいだ。
大丈夫、ケイティはこの鼻血の意味を理解してない。彼女はこういう恋愛系に超絶に鈍いから、私の気持ちになんか気づいてないだろうし。だから笑顔でリビングに戻ろう。何もなかったみたいに「お待たせ、みんな。行こっか!」と朝ドラのヒロインみたいな爽やかな笑顔で言うのだ。
「あなたの浴衣姿に興奮したんじゃない?」
リビングの前まで来た時、ケイティを冷やかすミコトの声が中から聞こえてきた。「まさか、そんなわけないわ!」と否定するケイティの声も。
ミコト、友達やめるぞ。
「ごめん、さっきチョコレート食べ過ぎて‥‥‥」
ドアを開けてさっきのラップ以上にお粗末な嘘をついた私に、ミコトの含み笑いが向けられる。
「レンカ、具合悪いなら無理しなくて良いのよ」とケイティが心配してくれたが、私に行かないという選択肢はない。今日のためにこの数日間を生きていたと言っても過言ではなかったからだ。
「大丈夫、行きましょ!」
少しクラクラするけれど、そんなことは関係ない。鼻血なんて何のその。ケイティの浴衣姿をもう一度見たら再び全身にエネルギーが漲ってきた。開き直った私に怖いものなど何もなかった。
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