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 「ねぇ、ヨウちゃん。そこのオーナメント取って。」  12月に入って直ぐ、小さなアパートの狭い部屋で、私の胸ほどの高さのクリスマスツリーを、TVから流れるクリスマスソングを口ずさみながら飾り付けていた。  私が呼びかけたヨウちゃんとは、最近、音楽性の違いでバンドが解散し、融通を聞いてもらえていたバイト先が倒産し、携帯料金も払えなければ、家賃も払えず、1ヶ月前に私の家に転がり込んできた。自称ミュージシャンで、現状ヒモの恋人だ。  でも、お金は無いけど、愛はある。  当時の私達は、その愛だけあれば霞を食ってでも生きていけると信じていた。  しかし、そんな甘い考えは現実を生きる私には長く続かない。  働きもせず、毎日遅くまでパソコンに向かっているだけのヨウちゃんに、当時社会人に成りたてだった私は段々イライラを募せていた。  その日も、私がこれ見よがしにクリスマスツリーを飾り付けているのに、ヨウちゃんは、またヘッドフォンをしてパソコンを触っている。  だから当然、私のお願いも聞こえていない。  私はヨウちゃんのヘッドフォンを乱暴に外すと、嫌味たっぷりに言った。  「ヨウちゃん、ウチに転がり込んで来てから、ずっと働きもしないでパソコンばっかり触って、何なの?  今も、私がクリスマスツリーの飾り付けしてるの見えてるのに、何で一緒にしようとか、思わないの?」  「あぁ、ごめん。曲作ってたら夢中になっちゃって。」  「はぁ?バンドも解散したのに曲だけ作ったって意味無いでしょ?それよりメンバーを集めるのが先じゃない?っていうか、何でもいいからバイトする事が、今のヨウちゃんに一番必要でしょ。」  「俺が出来るバイトは、あの会社くらいしか無いと思うんだよね。後は、音楽。」  柔らかい雰囲気の優しい声と、いつもニコニコしているところが好きで付き合ったんだけど、今は逆にそれが気に障る。  「音楽なんてお金にならないでしょ、もっとちゃんと現実を見て生きてよ。でなきゃ、ヨウちゃんとはやっていけない。」  「そんな事、言わないでよぉ。アーちゃんは俺のミューズなんだから。」  「じゃぁ、そのミューズに美味しいご飯、食べさせてあげたいとか思わないの?あんなマンションとまでは言わないけど、せめて二人の肩がぶつからずに移動できるほどの部屋に住みたいとか思わないの?」  ちょうどTVで紹介されていた、タワマンの豪華な部屋を指さして文句を言う。  「アーちゃん、あんな広い家に住みたいの?」  ヨウちゃんは、ビックリした顔でTVと私を交互に見る。  「住みたいわよ。そして、高級品に囲まれて生活したいわよ。」  半分挑発で、半分本音。  こんな事言っても、ヨウちゃんがバイトするなんて思ってないけど、せめて私の溜まった不満をぶつけるサンドバッグになってくれ。  「そっか、そうなんだ。」  ヨウちゃんは、急に真面目な顔になって、そう呟くと、またヘッドフォンをしてパソコンに向かった。  私は、ヨウちゃんのそんな態度に不満を爆発させた。  その夜、ケンカした時と変わらずパソコンに向かっているヨウちゃんを一人部屋に残して、私は女友達を無理やり誘い、飲んで、歌って、朝まで遊んだ。  歌とおしゃべりで喉が痛い上に騒ぎすぎて化粧もボロボロの私だったけど、イライラは落ち着き、後は行き先も告げづに朝まで帰らない私を、ヨウちゃんが忠犬ハチ公のごとく待ってれば、機嫌はすっかり直ってしまうはずだった。私はわざと不機嫌な顔をしながら部屋の扉を開けると、カーテンが開けっ放しになってる窓から朝日が差し込む部屋に、忠犬ハチ公のヨウちゃんはどこにもいなかった。  この部屋に来て、私の顔より長い間向き合っていたパソコンだけがヨウちゃんと共に姿を消していた。  テーブルに置いてあるヘッドホンが、ヨウちゃんの代わりに私の帰りを待っていてくれたように感じて、思わず胸に抱きしめた。  その日はいくら待ってもヨウちゃんは帰って来ず、クリスマスになっても連絡一つないまま年が明けた。年明けに会社に出勤すると、社長が会社の金を使い込んだあげくに姿をくらまし、会社は倒産。私は仕事も恋人も失い、一人になって今に至る。  あの時飾り付けていたクリスマスツリーは結局最後まで完成せず、私の下から消えたヨウちゃんへの思いを断ち切るように、ヘッドフォンと一緒に捨てた。
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