17人が本棚に入れています
本棚に追加
3
苦い思い出を頭の中から追い払うように、頭をぶんぶんと振ってから最後の一つを飾り付けると、クリスマスツリーについている電飾のスイッチを入れる。
ボワンと滲むような明かりが木々から漏れ、オーナメントはその光を反射させて、幻想的な空間を創り出す。
「素敵…」
しばらく見とれていると、インターホンが鳴った。
「あっ、荷物の受け取りだ。」
時計を見ると、20時を過ぎていた。
「ハーイ。」
玄関の扉を開けると、真っ赤な薔薇の花束を抱えたお姉さん。
「こちら、中山さんで間違いないですか?」
伝票を確認しながら、間違いないか確認される。
そう。確か、依頼者は中山さん。
「はい。ありがとうございます。」
受け取りにサインをして、花束を受け取る。
「ありがとうございました。」
瑞々しい薔薇の香りを嗅ぎながら、指定通り、玄関に備え付けられているウォークインのシューズクロークに置く。
また、インターホンが鳴る。
今度はフードデリバリーの人。
大きなリュックから、次々と料理の入った袋を取り出す。
全部受け取ると、まだ温かい料理を高級なお皿へと盛り付ける。
「このロースト・ビーフ、有名ホテルのだ。テイクアウトもしてるんだぁ。」
匂いだけで美味しいと分かる料理を全て盛り付けると、またインターホンが鳴る。
今度はケーキ屋さん。
箱ごと、大きな冷蔵庫に入れる。
またインターホン。
受け取った、ワインとシャンパンをワインセラ―にしまう。
本日最後のインターホンは宅配便のお兄さんだった。
送り元は高級ブランドの名前。
これも指定通り、箱を開けて、ラッピングされている包みだけにすると、薔薇と同じシューズクロークに置く。
きっと、サプライズ用に隠しているんだろう。
何も用意していないと思っている引っ越し先には、ロマンチックな夜が演出されていて、密かにプレゼントまで用意されている。
完璧すぎて、何だか笑えた。
自分の生活から遠すぎて、虚しくなった。
乾いた笑いは、広すぎる部屋に小さく響くと、私の存在を消すように消えた。
クリスマスに一人だと、こんなに寂しいなんて、何時の頃から感じるようになったんだろう。
寂しさに溺れてしまう前に、最後の仕事をする。
グラミー賞有力候補のアーティストの最新のCDを最高の音響機器に入れて再生ボタンを押す。
この半年、どこかしらでいつも耳にした音楽が広い部屋に流れると、私の今日の仕事は終わり。
制服代わりのエプロンをトートバッグにしまい、誰かのための部屋を出る。
リビングから玄関へ通じる扉を開けた時、薔薇の花束と高級ブランドの箱を持った男の人がこちらを向いて立っていた。
「あっ、ごめんなさい。準備は全部出来てます。私、今すぐ帰ります。」
俯きながら、詫びると、そくささと玄関で靴を履く。
「帰っちゃダメだよ。」
えっ?
片足だけ靴を履いたところで動きが止まる。
「今日からここがアーちゃんの家だよ。」
えっ?
「サプライズ、成功した?」
私の隣に立っている男の人は、柔らかい雰囲気の優しい声、ニコニコした笑顔。
ヨウちゃん。
「ヨウちゃん…。」
あの頃と変わらない笑顔のヨウちゃん。
「1年かかっちゃったけど、メリークリスマス。アーちゃん。」
瑞々しい香りの薔薇の花束を私に差し出して、薔薇の花束ごと私を抱きしめた。
「ヨウちゃん。何で?」
薔薇の香りと、ヨウちゃんの体温に包まれて、湧き出る感情が思い通りの言葉にならない。
「この曲、俺が作ったんだよ。」
リビングから漏れ聞こえる音楽を言っているの?
「アーちゃんの事を思って作ったんだ。やっぱりアーちゃんは俺のミューズだね。」
ウソ、うそ、嘘!
全然信じられない。
ドッキリ?
生配信?
カメラ、どこ?
私はヨウちゃんに抱きしめられたまま、キョロキョロとカメラを探す。
「どうしたのアーちゃん?ニワトリみたいだよ。」
ヨウちゃんは抱きしめていた私を離すと、可笑しそうに笑った。
「全然信じられない。嘘じゃ無いなら、ちゃんと説明して。」
私は怒ったような、困惑したような顔でヨウちゃんに言った。
「も~、アーちゃんは相変わらず怒りん坊なんだから。じゃぁ、あっちで、説明するよ。
上手くできるかなぁ~。」
ヨウちゃんはリビングの大きなソファーに並んで座ると、突然姿を消した日から今日までを大雑把に、ざっくりと簡単に説明した。
あの時、来日していた大物海外アーティストにパソコンで作ったデモを聴かせたら、今すぐ一緒に海外へ来いと言われ、そのまま海外へ。そこで楽曲制作を一緒にしたら凄いヒットになっちゃって、今に至る。
信じられないアメリカン・ドリーム。
でも、ヨウちゃんがここにいるのは事実。
お化けでも見ている感覚がぬぐえないまま、確かに存在している事を、足を腕を肩を触りながら確かめる。
クリスマスツリーとヘッドフォンと一緒に捨てたはずのヨウちゃんへの思いは、粗大ゴミみたいに誰かが持って行ってはくれなくて、忘れ物ボックスにずっと入れられたままになっていた。
時間が過ぎれば、忘れ物ボックスの存在さえ忘れてしまえると、自分に言い聞かせながら、去年のクリスマスは、ヨウちゃんと出会う前よりも寂しくて、寂しくて、寂しさに溺れて泣いた。
今日もこの部屋を出たら、まだ忘れられない寂しさに溺れて泣くつもりだったのに。
「も~、アーちゃん。嬉しい時は泣くんじゃ無くて笑うんでしょ。ほら、アーちゃんのクシャクシャの笑顔を見せて。」
ヨウちゃんは、私の涙を指ですくいながら、優しくほっぺをつねる。
「ねぇ、アーちゃん。俺の事、見直した?惚れ直した?」
私は睨むようにヨウちゃんを見ると、口を尖らせて子供みたいに言った。
「分かんない。だから、分かるまで、ずっと側から離れないで。」
「も~、アーちゃんのそういう可愛いところが、好きなんだよぉ~。」
ヨウちゃんは嬉しそうに、力一杯私を抱きしめた。
「もう、痛いよっ。」
私はヨウちゃんの肩に顔を埋めながら、クシャクシャの顔で笑った。
了
最初のコメントを投稿しよう!