Teeming Rain【雨過天晴の兆し】

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「つきましたね」  陰気臭い空気を拭い切れないまま、二人は光蛍神社に辿り着いた。   純真は神妙な溜息をつくや否や、石段の前、立ち止まり。 「星司さん、覚悟は出来てますか?」 「覚悟……? 何のだよ?」  純真の態度から愛嬌が消え、そこには翳り翳った男の顔がある。ただならぬ気迫を孕んだ眼差し。星司は思わず息を呑む。 「俺はもう例え火の中水の中でも、彼女を守ると決めたから……立ち止まった末に燃え尽きるなんて、そんなのごめんなんです。  だから、これから先なにがあったとしても、目を背けるつもりはない」  ついて来て下さい。  橙色の双眸が威圧を語る。疑問を当てる隙もないまま、向けられた背。星司は渋々その背を追った。  一段、二段と上がる度に鼓動が重くなる。得体の知れない恐怖感に不安が雨と共に降り注ぐ。  刹那、純真の足が止まった。神社まであと数段、彼は「居た……」と、安堵したような柔らかい微笑を浮かべている。星司は大して何も考えずに、その視線を辿ったーー辿ってしまった。 「えっ……」  遠目に映った手水舎の前、雨宿りなのか傘を置いて座り込む少女。金色の長い髪が水を滴らせ、そこから覗いた横顔は虚ろで、儚くも神秘的にも見えた。  昨日、抱いた奴だ。あれはヒメだ、と。鼓動が嫌な音を打ち鳴らしながら急く。詰まった息。  正に開いた口が塞がらないと言った所か……純真は放心している星司の横顔を見、確信を覚悟に変えて大息をつく。 「俺の彼女なんですよね、あの子」 「はっ? 彼女……?」 「はい。まだ知り合って間もない仲ですけどね……  俺、決めてるんです。今回の任務を含めて、彼女と一蓮托生する覚悟だって」  純真の嘘偽りない、誠実な面持ち。余りにも重たい衝撃と告白。星司は見ていられずに、顔を咄嗟に伏せた。 「彼女とは闇蛍屋潜入前に出会いました。だからあの子は風雅である俺を知らないし、あの子自身もである自分を語ろうとはしません。本人なりに隠そうと必死なのも、伝わるから」 「何が言いてぇんだよッ……?」  星司の威嚇にも似た、歯痒さに満ちた顔。森林色の双眸が純真を棘を刺すように睨めている。  もう恐らく、嘘をついたり取り繕う必要は無い。純真は全てを見抜いてこうしたのだと、星司はそこまで読めていた。  けれど、その先の展開は全く読めない、読ませてくれないから恐ろしいのだ。  突き付けられた現実が重た過ぎて、受け止め切れない。バレた所で「寝取るつもりはありませんでした」なんて言う気はさらさら無かったが、所詮は相手も色商売。そんな最低最悪の逃げ口上すら塞がれてしまい。  罪悪感と後悔が彼の思考を乱していく。けれど、純真は至って冷静だ。否、冷酷ーー星司の瞳の中、柔和な微笑が雨の背景に咲く。そこに、いつものどこか頼りない後輩の姿は無かった。
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