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山口が後ろに回り、裕は家に背を向ける格好になった。ヘルパーはもう一人ついてきていて、屈みこんで足元のフレームを掴む。二人は息を合わせ、裕の乗る車いすを持ち上げた。
玄関先には三段の段差がある。生まれてから六十年以上、何気なく行き来していた段差だが、車いすに乗る今は思いがけない障害になっている。一人では玄関に降りることすら難しく、若いヘルパーに車いすを二人がかりで持ち上げてもらわなければならない。力を出すのは一瞬のはずだが、その力仕事を嫌がる事業所が多く、引き受けてくれる事業所を見つけるのに苦労したと山口は言っていた。
「とりあえず、お帰りなさいですよ」
その事業所のヘルパーが帰るのを共に見送った山口が言った。顔は厳ついが笑顔が爽やかで、やたら広いエントランスでも声はよく響く。
「どうも……」
付き合いが長く、今日もわざわざ時間を合わせて付き添ってくれた山口に言いたいことはいくつもあるが、裕の口からは思う通りの言葉が出てこない。せめて笑顔を向けてやりたいが、表情筋を含めて右半身がうまく動かなかった。
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