貝原凪沙

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「いつも急に呼び出すよね、凪沙は。悪いけど 今日は一時間くらいしかいられないわよ?」  トレーナーにジーンズというお洒落なカフェには少々似つかわしくない服装でいつもやってくる奈津。そしてなぜかいつも忙しいアピールをしてくる。私だって忙しい合間を縫って来てるんだけど。 「ごめんごめん、奈津。私も急に時間が空いたからさ。美波がピアノ行ってて、秀人が義母と買い物に出かけた隙に、ね」    それから私は奈津に夫や姑の愚痴をバーっと吐き出す。大人しい奈津はうんうんと頷きながら聞いてくれ、慰めてくれる。辛いことは人に吐き出すのが一番だ。でないと、自分の中にどんどん溜まって爆発してしまいそう。   「ありがとう奈津。私、ホントに今の生活しんどくて。奈津はいいわね。圭太くんは優しいし、夫婦仲も上手くいってるんでしょう。うちは、歳も離れてて会話も無いしマザコンだし。結婚してる意味なんかないわ」 「でも、お医者さんだし不自由なくて羨ましいよ」 「ううん、やっぱり結婚ってお金より愛よ。つくづくそう思うわ。私、なんであんな人と結婚したんだろう」 「なら、離婚したらどう? 今ならまだ、凪沙も三十二歳で若いんだし」 「そんなの無理よ。私の母が許すわけがないし、そしたら実家に帰らせてもらえないもん。私一人で子供育てられないし。あーあ、旦那が浮気でもして、有責で離婚になったらいいのにな」    私は本気でそう思っていた。夫が浮気して、慰謝料をたっぷりもらって実家に戻る。それなら母にも責められないだろうし、子育ても母に手伝ってもらえて楽になる。   「あ、そろそろ時間だわ。じゃあ凪沙、またね。頑張って」    奈津は自分のお茶代をテーブルに置くと、慌ただしく店を出て行った。  私はいつも、一人の時間を満喫したくてギリギリまで店に残る。今日義母は秀人に本を買ってやって、その後百貨店でパフェを食べさせると言っていた。だからもう少し大丈夫だろう。    行き交う人をガラス越しにぼんやり見つめながら、私は今までの人生で唯一楽しかった大学時代のことを思い返していた。
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