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寒さはますます厳しくなり、ちらほらと雪も舞っている。私の身体は更に弱り、もう起き上がる事さえできなくなっていた。寝たままでも、かろうじて窓の外の木を見る事はできた。葉はまだ残っている。
「頑張ってんじゃん…。もう楽になってもいいのに」
急に耐えきれない眠気が襲い、私は瞳を閉じた。
あのターミナルステーションだった。相変わらず多くの人が行き交っている。私はいつも通り、コンコースに出てベンチに座る。そして立ち上がると、いつもの声で呼びかけられた。
「すみません、これお忘れですよ」
振り返ると、白い立派な髭をたくわえた老人が立っていた。
おかしい…目が覚めない。いつもなら、声をかけた人物さえ目にする事ができないのに。
その老人は、私に近付き何かを差し出す。
「これは…切符?」
初めて手にする事ができた忘れもの。それは列車の切符だった。普通の切符のように見えるが、印字されているのは今日の日付と、ホームの番号だけだった。
「でも、どの列車に乗れば…」
私が困惑していると、老人はガラスの向こうを指差した。
「あなたが乗る列車はあれですよ」
指差す方を見てみると、駅の一番端の線路に、豪華列車のように見事な装飾が施された黒光りする車体が停まっていた。
「あれは誰もが乗車できる列車ではありません。どうぞ、ごゆっくり」
老人はそう言って去っていた。私は切符を手に持ち、列車が停まっているホームへと降りた。
列車に乗り込むのは、ほとんどが高齢の男女。中には若者もいる。外から中を覗き込むと、車内は薄暗いがほのかに暖かな灯りがともっている。その優しい雰囲気に早く包み込まれたい、私は無性にそう思った。持っていた切符を確認し、私は列車に乗り込んだ。どこに向かうかは分からない。ただ、長い間感じた事の無かった安堵感が込み上げてくるのは、はっきりと分かった。
慌ただしく医師と看護師が駆けつける病室。窓の外に立つ木から、はらりと葉が舞い落ちた。
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