52話

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52話

 クリスマスが終われば年末年始は直ぐで、バタバタしている内に年は明け休みも終わってしまった。  三田村の事は気になっていたがちゃんと話をしたかったので、年が明け落ち着いたら話をしに行こうと思っていた。  年末年始は実家に帰っていた事もあり、時間も取れなかったのだ。  多分年末年始はお店も休みだろう、そう思っていたので年明け初出勤日の夜、香川は居酒屋TAISHOを訪れた。  三田村に会って時間を作って貰えるよう、伝える為に。 「いらっしゃいませー、あら、こんばんは」 「こんばんは」 「明けましておめでとう、今年もよろしくね」  花梨が新年の挨拶をしてくれたので、香川も慌てて挨拶を返す。 「あ、明けましておめでとうございます」  何かを言おうとしたのか花梨が口を開くと、店内で「すみません」と声が掛かった。 「ごめんね」と言って花梨は直ぐに声のしたテーブルへと向かってしまった。  カウンターでいいか、今日は空いている。どこでも座れるが一人でもあるしと、コートを脱ぎながらカウンター席へ行く。それに聞きたい事もあった。 「いらっしゃい」 「こんばんは」  いつものやりとり、店主に向かいやはり新年の挨拶をしてカウンター内を覗く。 「あぁ、三田村か?」 「……休み、ですね?」 「休みは休みなんだけどなー」 「?」  店内に三田村もいないが、バイトの姿もない。  会社もまだ始まったばかりの週の初め、新年会などもないのだろう団体客のいない店内は静かだ。  店長の大将はちょうど料理が出来上がったのか花梨に目配せをしてカウンターへ大皿を置いた。  聞きたい事があるがいつでもいい。まずは注文してからだ。そう思いメニュー表に手を伸ばした。 「三田村君、風邪ひいたみたいなのよね」 「え?!」  注文を聞きに来てくれた花梨は開口一番そんな事を言った。驚いた香川の顔をじっと見つめる花梨。  まるで、どうする?と言っているみたいに思える。 「……えっと……それは……」 「お店、今日から開けたんだけどね、昼間連絡があって熱があってお休みしたいって」 「熱……」 「珍しいわよね、風邪声で辛そうだったなぁ……」 「……」 「大丈夫かしらね?」 「……えー……っと、すみません……あの、やっぱり今日は……帰ります」 「そうね、その方がいいかも」  立ち上がると、花梨はにっこりと笑って三田村君にお大事にって言っておいてねと言われてしまった。  なんだか誘導されたみたいだが、心配なのだろう、笑顔の奥には気遣う気持ちが見える。 「また、来ます」  脱いだコートをまた着直して、店から出る。  風はないが1月初旬の夜の空気は一気に体を冷やしてくる。  とりあえずコンビニで必要な物を買ってから行こう。  三田村の部屋の前まで来て、いきなり押し掛けて大丈夫だろうかと今更ながらに心配になる。  右手に提げたビニール袋に目を留め、そんな事よりもし倒れていたら大変だと思い直し、部屋のチャイムを押した。 「……」  もしかして寝てるのだろうか……?  だったら起こさない方がいいかな、でも飯とか薬とか大丈夫かな?  もう一度チャイムを鳴らす。 「三田村ー」  声を掛けてみるが出てこない。中で物音もしないので寝ているのかもしれない。もう少し経ったらまた来ればいいか。  ドアの前から隣の自分の部屋へ数歩移動していると、三田村の部屋の中から物音が聞こえてきた。  チェーンを外す音の後に開く扉、そして顔を出したのは眠そうな三田村。 「……かがわ」 「……ごめん……起こしたな……」 「……ん、いや……いい……なに?」  明らかな鼻声と、熱があるのだろう頬が赤く充血し潤んだ瞳は見ただけで風邪だと分かる。  寒いだろうに、スウェットの上には何も羽織ってないし裸足だ。 「これ、薬と飲み物と……何か食べたか?」 「……寝てたから…………ックシュ!」 「……入っていい?」 「……」  三田村は考えるのが面倒という顔で香川を招き入れた。  三田村に続き中へと入る。おじゃましますと言いながら靴を脱ぎ、部屋へと上がる。部屋の中はひんやりとしていた。  いつも夕飯を食べていたこたつの前で二人して立ち止まる。 「食欲はあるか?薬飲んだ?……いいから、ベッド行ってくれ、ほら」 「……」  自分は立っていてもいいが、こんな薄着の三田村を寒い部屋に立たせておく訳にはいかない。  背中を押すと三田村も寒いからだろう、素直に香川の言葉に従って寝室へと向かった。  ベッドに入った三田村が早速質問を投げてくる。入ったと言っても横になった訳ではなく、上半身は起こしている。 「……何で、きた?」 「何でって……風邪って聞いて……お前ちゃんと飯食ったり、薬飲んでるかなって……横になれよ、寒いだろう」 「……もう子供じゃないんだ、自分で出来る」 「してなかったじゃないか」 「……」  強く言えば黙ってしまった。そしてそのままもぞもぞと布団に潜り込む。  頭まで布団を被り丸まっている三田村を見て、ふぅっと息を吐き出す、落ち着く為だ。 「食欲はある?あと、熱は何度位だったんだよ」 「……38度はなかった……食欲は……あんまない」  くぐもった声が布団の中からした。 「……38度ないって、でも休む位だからほぼ38度みたいなもんなんだろ……飯、食える?」 「……うん」  体温計はあるようでよかった。でも風邪薬はないのだろうか、飲んでいないようなので何か食べたら飲ませないと。 「……ご飯作ってくる、これ、喉乾いていてたら飲んで、ちゃんと水分摂らないとだめだよ」  返事はないので、枕元にスポーツドリンクのペットボトルを置いておく。飲みたくなったら飲んでくれるだろう。  香川は三田村をそのままにして、食事を作る為寝室を後にした。
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