23話

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23話

 夕方、何故かオレは三田村のバイト先である居酒屋TAISHOに細井、前川、そして三田村と一緒にいる。 「二人のお友達?」 「……はい」 「ありがとう、ゆっくりしていってね~」  にっこりと花梨が笑ってテーブルを離れていく。四人掛けのテーブル席、香川の前に三田村、隣に細井、その前に前川が座る。  まだオープンから間もなくの平日、客は香川達しかいなかった。 「えーと、お腹空いてる?」  ぎこちない空気を和ますように、明るい声で言いながら前川がメニュー表を広げる。 「オレ、お腹空いたな~、そうだ、何かおすすめとかある?」  それに乗るように細井もメニューを覗きこむ。三田村に聞いたのだろうけど、三田村は返事をしない。もしかしたら聞こえていないのかもしれない。さっきからこちらを難しい顔で見ているから。 「……適当に頼んで……どれも美味しいから、オレはウーロン茶……三田村は?」 「同じでいい」 「……二人は飲みたかったら飲んでいいよ」  なんだよ、聞こえているんじゃないか、と突っ込みたい。一刻も早くこの場から去りたい。あの学食の地獄とはまた別の地獄があるなんて思わないじゃないか。  細井と前川の手前不機嫌そうな顔は出来なかったが、内心悪態付きまくりの香川だった。 「う、うん、じゃあ、なんか適当に……頼もうか……」 「そうだね……」  メニュー表を見ながら何やら言い合っている二人をちらりと見てため息を付く。なんでこんな事になったんだ。 ***  学食から教室へはギリギリの移動だった。  授業が終わり、二人へ説明しなければと思っていると直ぐさま三田村に捕まってしまった。  逃げるとでも思われているのか、リュックの肩紐を握られてしまった。 「オレだけで話すのダメならお前も来いよ、吉野達に……」 「は?嫌だって……ていうか、オレは細井に話をしたいから……もう、いいだろ、吉野さんは」 「よくないだろ……オレが嫌だ」 「んな事言ったらオレだって嫌だよ……帰りたいから退けよ……」  通路に出るのを塞ぐように横に立たれてしまう、隣で細井と前川が困った顔をしている。それはそうだ、二人からしたら何が何やらであろう。 「じゃあ、オレも細井達に話す」 「……何をだよ……」 「オレがかが」 「止めろよ、それは話す事ないだろ」 「じゃあ、お前はなんて話すんだよ」 「………」  それは……まだちゃんと考えていない、けど。でも、事実を話すつもりもない。  しかし、先手を取ったのは三田村だった。 「細井、前川、この後時間ある?」 「え?あぁ、うん……」 「じゃあ、ちょっと付き合って」  笑顔で詰め寄ってくる三田村に、二人は頷く以外の選択肢はなかった。 *** 「お待たせしました~なんかここのテーブル暗いよ?大丈夫?」 「……大丈夫です……ありがとうございます……」  全然大丈夫ではないし、暗いのは三田村のせいだ。  何も言わずにいるので気になってはいるが、細井も前川も聞きづらいのだろう。  そして、香川も何か言えば三田村が突っ込んでくると思えば何も言えない。 「はい、じゃあ、ごゆっくりどうぞ~」  居心地の悪そうな雰囲気がテーブルから出ていたのだろう、苦笑しながら花梨が皿を置いていく。 「料理もきたし……話は食べてからにしようか……」 「……そうだな」 「……そうね、いただきます」 「……」  前川がテーブルに置かれている小皿と割り箸を銘々に配ってくれる。飲み物は全員ウーロン茶。こんな雰囲気では酒も美味しくはないだろう。  テーブルには山芋ときのこの炒め物、手羽先の甘辛煮、シーザーサラダが置かれている。  とりあえずサラダに手を伸ばすと、三田村の目の前だったからなのか皿の中に入っていたトングを先に取られてしまった。 「取るよ」 「あー……ありがと……」  レタス、キュウリ、ベーコン、半熟玉子にクルトン。よく混ぜてから小皿によそって、手渡してくれる。  ついで、とばかりに三田村は細井と前川にも皿を寄越せと言うのか手を差し出したので、二人は慌てて皿を渡した。  無言で無表情の三田村だったが箸を進める内にその表情が柔らかくなっていった。やはり美味しい物を食べると気が緩んでくるのだろう。 「美味しいね」 「うん」  少なくとも料理の味という点ではここへ連れてきたのは正解だろう。大学からは一駅、駅近くにあり夕方17時ならきっと客もほぼいなくて話やすいからという理由で三田村に連れて来られたのだけれど。 「吉野が言っていたのは誤解じゃないんだ、ただあれは香川じゃない、オレの事だ」  食事を取りやや和やかムードを見せたテーブルだったが、再び沈黙を見せた。  香川が山芋を口に入れたタイミングで、三田村が二人に切り出したからだ。  ずるい。反論したいのにまだもごもごとやっている香川は口元を抑えながら、眼前に座る三田村の足を蹴った。 「……え?」 「……どういうこと?」  三田村の言い分が飲み込めないのだろう、二人は盛大に?を浮かべている。  それはそうだ、まず前提として吉野達と香川の話が何なのか理解していないのだから。 「三田村……おま……」  蹴ったところでびくりともしなかった三田村に、やっとの思いで反論しようとしたのに被せるように話し出されてしまった。 「何で吉野が知ってるのか不思議だったんだけど、オレ学食でそんな事を久保に話したんだ、隣に住んでるだけで、告白して、押し倒して気持ち悪いって」 「おし……?」 「おいおいおい、ちょっと黙れ」 「黙らないよ、ちゃんと説明したいんだろ?」 「そうだけど、そうじゃなくて……」 「……えっ、三田村君は香川君の事が好きなの?」  驚いた表情のまま、だけど瞳には好奇心を浮かべながら前川が聞いてくる。細井はそんな前川と三田村達の顔を見比べていた。 「うん」 「付き合ってないの?」 「ないよ、付き合ってたらこんな事になってない」 「だ、だよね~……」  二人の会話に割って入る、香川には確認したい事がどうしてもあった。 「ちょ、ちょっと待て……久保に話したのか?!」 「え?あー、うん」 「……おまっ……」 「それはいいだろ、お前も細井と前川に話したんだし、それより変に噂がたたないかの方が心配だ……吉野にちゃんと話をするのが嫌なら明日からオレの側にいろよ」  悪びれた様子もなく、命令口調で言ってくる三田村に腹が立つ。  細井はまだ状況が把握出来ていないのだろう、怒っている様子の香川を心配そうに見つめている。ただ、前川は好奇心を抑えられないという楽しげな顔で二人のやり取りを見つめていた。 「……は?!」 「噂が本当ならオレがお前と一緒に、普通にしてるのはおかしいって思われた方がいいし、オレが一緒ならお前があれこれ聞かれる事もないだろ」 「そうかもだけど、でも」 「その方がいいんじゃないのか……?」 「え?!」  細井が心配そうに続ける。 「吉野さん達がまた何か言ってこないとも限らないし、本当の事を話したくないなら三田村の側にいた方がいいよ。確かにあれこれ聞かれないと思うし……」 「そうだよ~三田村君に守ってもらいなよ~!」  守ってもらうという言い方は違うのでは?と思ったが細井までも三田村の言い分を援護してきたのには驚いた。  まだ噂が広まった訳でもないし、そもそもその噂だってどんな内容になるかも分かってないのに。  確かにどんな内容であれ真相は伝えられない。婉曲して何がどう伝わるのかは今の時点では香川には分からなかった。  吉野達に三田村は話を少し聞いたと言っていたが、そこで何を言ったのかも気になる。だが、それは聞いても教えてくれない気がする。  ただ、吉野達が何も言わなくても学生食堂で痴話喧嘩があった等は噂が流れ、好奇の目に晒される事にはなるだろう。  黙り込む香川を気遣うように細井が口を開く。 「黙っていればいいとか思ってると思うけどそうもいかないと思うよ……だから、三田村と一緒にいるのがベストなんじゃないかな……」 「オレの事は壁だと思ってくれればいいよ」 「かべ……」 「お前も言ってたように、もうテストも始まるし終われば春休みだ、だからそれまでは、な?」 「…………うん」 「じゃっ!ほら、もうこの話はおしまい、料理足りなくない?オレのおすすめはねー」  明るく言いながらテーブルの端に置いてあったメニュー表を広げる三田村。本当にこの話を終わらせたいようでやや強引な感じでメニューの説明を始めた。  だけど、それに乗るように細井も前川も三田村の話に頷き口を挟む。 「お肉食べたいなー」 「こっちのは?辛いの?」  皆の固かった表情が徐々に柔らかくなる。納得は出来ていないが、自分が反対しても状況は変わらないし現状三田村の案は妥当と言えた。  二人は偏見がないのか、オレと三田村にも普通に接してくれるのもありがたかった。  香川もサラダを摘まみながらテーブルの会話へと合流した。  吉野達に誤解されたままというのは気分は良くない、でもその程度だ。変な噂がたつのも目立つのも嫌だし、それにより嫌悪の眼差しで見られるのだって嫌だったけれど。  でも、本当の事を話させるのはもっと嫌だった。  多分、三田村という人間と比べられるのが嫌なのだ。吉野達や他の女子ににやっかみを買うだろうけれど、それだけが嫌なのではない。  何故、三田村はこんなにも地味で取り柄のない人間が好きなの?そんな風に思われるのが堪らなく嫌だ。  そんなのは自分が一番分かっている。そしてそんな考え方をしてしまう、自分にも嫌悪する。  三田村の隣に並ぶのが綺麗で可愛い女子がお似合いだって事は分かっているし、オレではない事も分かってる。そもそも望んでなんていないのだ。三田村からの好意など。  それなのに、三田村は優しい、何故かオレに好意を抱いてくれる。  三田村をそっと見上げると、目敏く顔を向けられた。なに?という目線に、何でもないと小さく答えると、柔らかく微笑まれた。  隣に居たくないのに隣に居たいだけとは矛盾している。この感情が三田村と同じになれたらよかったのに。 「なんか、飲む?」 「うん……」  気配りが出来るのか、単に自分だからなのかグラスが空いたタイミングで三田村が聞いてきた。頷いてドリンクのメニュー表を受け取る。  そういえば貧乳が好きとか言ってたのはオレの事か?  そんな事聞けないけど。
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