2話

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2話

「はい、今日はパスタ」  香川佑真(かがわゆうま)の前にパスタの乗った皿を置くと、上目遣いのままで首を傾げられた。その意味は分かる、だけど敢えて無視した。  目の前の男は中肉中背、平凡な顔立ちで特に目立つような髪型も服装もしない「地味」と言えば地味なのだが、三田村はその特徴のない姿形にも好意を抱いているので、少しだけ傾けられた首の角度でさえ「かわいい」と内心思っていた。 「ブロッコリー?」  少しだけ不満の滲んだ声。そう、ブロッコリーは香川の苦手な野菜。苦手、というよりはあまり好きではない部類の野菜だ。出されたら食べる、というレベルのようだが。 「固めにしてあるから食べれるんじゃない?あと、小さくしてあるよ」 「……」 「今日ブロッコリー安かったんだぁ」 「…………」  これを言われては香川も文句を言えない。夕飯代はタダ、以前材料費を出すと言われたが断っているので食べる側の香川は頷くしかない。  夕飯代の代わりにとでもいうのか、香川の実家から送られてくる米や調味料などは差し入れにもらってはいるが。  香川にほとんど嫌いなものはない、セロリだけはダメだけど、それ以外食べられない訳ではないと聞いている。だから今日は遠慮なく使わせて貰った、それに栄養価が高いんだぞと心の中で付け足しておく。  ブロッコリーと鶏むね肉のクリームパスタ、水菜のじゃこサラダ、春雨スープを順にローテーブルに並べていく。  白いテーブル、買った時はこの楕円形が少し大きく思えたけれど、二人分の食事を置くには丁度いい。  11月に入り、フローリングにはコーヒー色のラグ、クッションも冬用の暖かそうな手触りのカバーに変えた。  特に何も言われないから、もしかしたら香川は気に掛けてはいないのかもしれないがそれでもいい。 もっと寒くなったらこたつ、流石にその時は何か言うだろう。 「スープの中のは?」 「ブロッコリーの茎の部分だよ、あれだろ、香川はあのもしゃもしゃした所が嫌なんだろ?」 「あれが柔らかいと嫌なんだよ……茎か……」 「勿体ないしね」 「…………いただきます」 「はい、召し上がれ」  何から食べるのだろうと香川を見つめる。箸は迷う事なく水菜のじゃこサラダへ向かった。  水菜、長ネギ、じゃこに市販の和風ドレッシングを掛けたシンプルなサラダ。豆腐があれば入れてもよかったけれど、一昨日豆腐の味噌汁を出したと思い今日は止めた。  しゃきしゃきと小気味よく水菜を食む音を聞きながら、三田村も箸を取る。 「パスタ、結構上手く出来たと思うんだよね~」  自分には大き目に切った、緑のもしゃもしゃした部分(花蕾)を多めに入れてある。  生クリームを使うような本格的なものは作れないので、牛乳を使った簡単なクリームパスタ、むしろクリーム系パスタだ。  フォークではなく、箸で何本か掬い口へ運ぶ。店ではないので、マナーは気にしないで、ずずっと啜る。 「うん、美味く出来たな」  独り言のように呟けば、香川もパスタに視線を落とす。黒髪から覗く眉間に皺が寄っているのを見ると、少しだけ罪悪感が過る。  フォークを出すべきかと思ったが、香川も三田村と同じように箸で食べ始めた。パスタを数本咀嚼して、そのあと、小さめのブロッコリーと鶏肉を口の中へ放り込む。  もぐもぐと動く唇を見つめれば、難しそうだった表情が和らぐ。 「うまい?」 「ん、うん」 「よかった」  店の賄で作って貰い美味しかったのでレシピを聞いておいて正解だ。  自身で毎回考えて料理をしてはいるが、作り始めた当初はバイト先で習った物がほとんどだった。  料理を始めて半年近く経った今はそのレシピにアレンジを加えられるようにはなったが、今でも献立は迷う。  メイン、副菜、汁物の三品は作りたい、なのでよく活用するのは材料からレシピ検索出来る料理サイト、それに調味料メーカーのホームページ、こちらも作りやすいレシピが載っていて使い勝手が良い。 「何かリクエストある?」  毎回自分で考えるのも、少々面倒なのでたまにはこうやって香川に聞いてみる。何でもいいという事はほとんどなく、大体答えてくれる、こういう優しい所も好きだ。 「ん……何でもいい?」  という事はまだ作った事がない物だ。大抵以前作った料理からのリクエストが多い。 「いいよ、オレが作れるものだといいけど」 「…………親子丼…………」 「親子丼」  オウム返しをしてしまう。何となく意外だったからだ。 「……今日学食で食べようと思ったら売り切れてて……三田村に作って貰えばいいんだって思ってさ…………作れる?」  不安そうに聞いてくるから。安心させるように三田村は笑った。 「いいよ、多分大丈夫、じゃあ次は親子丼な」 「ありがと」  はにかんだように香川が笑う。嬉しそうなその笑顔を見れば、何だってリクエストを聞いてやりたくなる。それに、学食で自分の事を思い出してくれたのも嬉しい。  箸を動かし続けているのを見れば、味付けは上々だったのだろう、皿の中に空白のスペースが増えていく。  香川は大学の同級生で友達。たまたま同じ学部でたまたま同じアパートの隣部屋に住んでいる。オレ達は共通点が左程多かった訳ではなかったが、毎日のように顔を合わせれば友達になるのは直ぐだった。  居酒屋のバイトは大学一年の夏頃から始めたのでもう一年以上が経つ。そしてバイト先で簡単なつまみなどを作るのを任されたのをきっかけに自炊を再開した。料理を作るのが楽しくなったのだ。  そして、作った料理を誰かに食べて貰いたいと思い、隣に住む香川を誘った。  香川も自炊はたまにするが、コンビニ弁当が多いと言っていたので聞けば直ぐに頷いてくれた。その時は他意はなかったのだ。ただ単純に自分の作った物を誰かに食べて貰いたくて。  だから香川でなくてもよかった。でも、香川だったからこそ自分は恋をしたのだろう。  あれから毎日、という訳でないが週2、3回程香川の為に夕飯を作る、それは三田村の日課になりつつある。  それ以外の夜はバイト、日曜日だけはバイトは休みだが別々に食べる事にしている。  本当は毎日でも一緒に食べたいところだが、バイトもあるし、香川が材料代を気にし過ぎるようになる恐れだってある、それで日数が減っては元も子もない。  だから現状の週3ないし2日がお互いにとってベストだった。 「足りる?」 「ん、大丈夫」  じっと見つめれば、さっと目を逸らされた。  こうして香川が食べている姿を真正面という特等席で見られる事は至福で、本当に毎日でも見ていたいと思う程だ。  肉厚の赤い唇がちゅるりとパスタを啜るところも、時折舌がぺろりとクリームの付いた唇を舐めるところも、美味いと感じれば分かりやすく笑みが浮かぶところも、全部見ていたい。だからついじっと食べる様子を観察するように見てしまう。  それには香川も辟易しているのか、いい顔はしないし、最初の内は注意も受けていたのだが聞き入れて貰えないと諦めたのだろう。今では見ていても何も言わなくなった(嫌そうな顔はしているけれど) 「そっか」  材料代なんていらないから、食べているところを見せてほしい。それだけでいいから。  本当はそれ以上がほしいとも思うけれど、オレ達はただの友達だから。  だから、今日もいつもと同じ、食べ終われば香川は自分の部屋へと帰る。そしてオレはそれを止めない、また明日、お休みと言って見送る。見送ると言っても隣の部屋だけど。  この壁の隣が香川の部屋、この壁のようにオレ達には隔たりがある。  今はまだ。
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