21話

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21話

「は~、午後の授業やばいな、寝そう~」 「ほんとな~」  昼食を食べ終わり、そろそろ教室へ移動しようかという時刻、場所は学生食堂。  香川の通う大学には学生食堂が二つとカフェテリアが併設されている。他にコンビニも入っているので買って食べる事も出来る。  ほとんど学食かコンビニが多い香川だが、今日はお握りを持って来ていたので、おかずとして唐揚げだけコンビニで買った。  友人である細井とその彼女の前川と一緒に学食で食べている。  お握りは自分で握って来た。というのも、先日三田村の部屋で炊き込みご飯を食べた後、レシピサイトを紹介して貰い、自分でも作ってみようという気になったからだ。  具と調味料を入れて炊けば作れるという点では至極簡単、自分でも出来るかな?とサイトを見ながら思って実際やってみたところ、思ったよりも美味しく出来たので余ったご飯を握り、弁当として持ってきてみたのだ。 「今度私にもそのサイト教えてよ~、炊き込みご飯美味しそうだったから食べたい」 「いいよ、三田村に教わったんだ」 「あー、いいよね、聞いたよ、ご飯作ってるくれるんだってね」 「うん」  香川の隣に細井、その向かいに座った前川は紙コップに入ったコーヒーを飲んでいる。  三田村の隣に香川が住んでいるのは何となく周知されてる。夕飯を三田村が作っている事は、友人達しか知らない事ではあるが三田村の交友関係が広いので意外と知っている者は多かった。  そして、三田村に飯を作って欲しいと思っていたり、実際飯を作ってくれと頼んだ者も多いのだがそれら全てを断っている事を香川は知らなかった。 「オレもたまには自炊してみようかな~、なんて気になってさ、炊き込みご飯作ってみたんだよね、おかずはバイト先の餃子だけど」 「自炊って……やっぱり面倒だよね……」 「うん……」 「実家羨ましいー!」 「え、でも、一人暮らしって楽しそうだけど」  この中では細井だけが実家暮らしだ。だから楽しそうに見えるのだろう、まぁ、楽しいと言えば楽しいけど、面倒な事も多い。慣れたけど。 「でも、この間実家帰ってやっぱり実家いいなって思った……香川君も帰ってたんだよね?」 「あ、うん帰った……年始に一回帰ってきて、成人式でまた帰った」 「そっか、私は成人式までいたっていうか、帰ったの年始だったしなぁ……」 「初詣行った?」 「うん」  二人同時に返事が来たので一緒に行ったらしい。 「オレも地元の友達と行ってきた」  昼食後とあってついだらだらとしてしまう。まだ余裕はあるけどそろそろ、と考え時間を確認しようとスマホに伸ばした手が止まる。 「香川君」  手を下ろし声の主を振り返る。聞き覚えのある声から多分そうじゃないかと思っていたが、声を掛けてきたのは澄川だった。そして、その後には吉野が控えている。 「……?」  でも声を掛けられた理由が分からない、怪訝そうな顔をしていると「ちょっと話したい事がある」と言われた。 「あ、じゃあ、私達教室行ってるね」 「あ、うん……」  入れ替わるように両隣に澄川と吉野が座る。挟まれる形になってしまい、居心地の悪さを感じ背中しか見えない細井を見れば、ちらりとことらを振り返った所だった。 「……」  前川に促され前を向いてしまったので、助け船は期待出来そうにない。 「香川君」  呼び掛けに応じるように澄川を見ればどことなく怒っている様子だ。何故?と疑問が湧く。 「三田村君の事なんだけど」  もしかして、三田村あれから全く連絡しなかったのか?いや、そうか、しないか。  だって三田村が好きなのは……そこまで考え、香川は考えるのを止めた。 「あ、オレ、言ったからね、吉野さんに連絡するようにって」  言った?よな?随分前の事で自信はなかったが。 「その事じゃないの」 「……そ、そう……?」  先程からずっと香川を睨み付けている吉野が怖くて、なに?とは聞けなかった。 「……三田村君、迷惑してるんじゃないかな……?」 「え?」  澄川の言葉に、ちらりと左隣に座る吉野を見る。  淡いピンク色のセーターの上からでも豊満な胸が分かり、つい視線が行ってしまわないように顔を見れば可愛い顔が醜く歪む。 「ただ、隣に住んでいるっていうだけで三田村君の友達になったなんて勘違いしてるんじゃない?」 「……」 「ご飯、食べるだけなんでしょ……三田村君優しいもんね、それなのに勘違いしてるのよ、香川君は」 「だから告白なんてして……三田村君気持ち悪いって言ってたわよ」 「……」  彼女達が何を言っているのか分からなくて戸惑う。困惑している香川を置き去りに二人は尚も続けた。 「三田村君格好いいもんね、好きになるのわかるよ、優しいし……ご飯も作ってくれるらしいじゃない、でもそれって、単なる好意よ?その優しさにつけ込んでない?それなのに……押し倒すなんてサイテー……」 「は?」  気の強そうな二人は交互に香川を責め立てる。香川は真ん中に挟まれ、傷まれない気持ちになっていた。だが、逃げ場はない。 「気持ち悪がられて当然よ、でも三田村君優しいからはっきり言ってこないだけで気持ち悪いって思われてるんだからね、分からないの?」 「……」  ヒートアップしていく二人を何と言って諌めればいいのか分からない。反論した所で言い返されるのなんて目に見えている。  だからと言って事実を言えばいいのかというと、そうではない。  香川が黙り込んでいる事をどう解釈したのか、二人の顔に笑みが浮かぶ。しかしそれは底意地の悪そうな、不快な笑顔だった。 「やっと気づいたの?」 「三田村君から離れた方がいいと思うけど」 「……」  疎らになり始めていた食堂、大きな声を出している訳でもないが、周囲は異変に気付き香川達のやり取りに聞き耳を立てる者もいる。こそこそと話す気配も感じる。 「何も言い返せないんでしょ、本当の事だから」 「……別に……気持ち悪い事じゃ……ないだろ」 「…は?」  反論してくるとは思っていなかったのだろう、驚いた瞳が香川を見つめる。 「好きになるのは、気持ち悪い事じゃないだろ……」  さっきより強目に言えば二人は押し黙ってしまった。 *** 「細井君行かないの?」  澄川と吉野に席を譲り先に教室へ向かおうとしていたが、細井が振り返っているので前川も足を止め振り返る。 「……前にも香川、あの二人から何か言われてたんだよな……大丈夫かな……」  心配そうに見つめている細井の顔を見上げ、首を傾げる。 「なにか?」 「多分、三田村の事」  心配だが、教室へ戻ろうかどうしようかという気持ちなのだろう、足は止めたままだが今度は出入口に視線を向けた。 「……え、そうなの?」 「様子、見てた方がいいかな……でも、何か揉めてもどうすればいいのか分かんないけど……」  悩むような表情の細井にきっぱりと前川が言う。 「三田村君呼んできて」 「え?!」 「呼んできちゃった方がよくない?」 「えー……でも三田村絡みか分からないよ?」 「でもなんか普通に話そうって感じじゃなくない?香川君挟まれて座ってるし」  二人して香川達を振り返る。和気藹々と話している雰囲気は微塵もない。揉めている訳ではなさそうだが、一方的に香川に何か言い寄っているようだ。 「あー……ほんとだ、いやでも……」 「私、見てるから急いで!」 「え、で、でもなんで?三田村?」 「女の勘」 「えー……」  早く、と背中を押され細井は分からないなりにも香川の事が心配なので急ぎ足で食堂から出て行った。  残った前川は少し戻り、三人の会話の届く所に座り細井と三田村の到着を待った。
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