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22話
午後の授業はいつもの事だけど眠くなる。周りにいる友達の会話を何となく聞いていた三田村だったが、教室の出入口だけは視界の隅に捉えていた。
そこから香川の友達の小太りの彼が一人慌てた様子で入ってきたので、どうしたものかと背凭れから姿勢を正した。
細井は教室に入るときょろきょろと室内を見回した。香川はいないと教えてあげたいと思っていると、細井は何故か三田村の方へ駆け寄ってきた。
「三田村……」
ぜぇはぁと息を切らしている所を見るとずっと走って来たのかもしれない。体格から見るに走るのは苦手そうなのに何があったのだろうか。
「どした?」
「ちょ、ちょっと、来て……」
「え?」
「香川……が、食堂……」
「香川?」
「……うん……」
まだはぁはぁ言っているので細井の返答は遅い。香川がどうした?捲し立てたい気持ちを抑えながら聞く。
「香川が食堂で待ってるの?」
「んー……まぁ、そんな、感じ……はぁ……」
全部を聞き出すのが面倒になり、質問に切り替える。既に三田村は自分の荷物を持ち立ち上がっていた。
隣に座る久保が何事だという顔で見上げてきたが無視だ。
「どっち?第一?二?」
「いち」
「分かった、んじゃ、先行く、急ぐんだな?」
「うん……!」
「分かった」
細井と一緒では時間が掛かるという判断だ。転がる方が早そうな細井が息を切らして駆け付けてきたのだ、香川に何かあったに違いない。
教室を飛び出し、目指すは一階にある学生食堂。廊下を歩く学生達が何事かと振り返るが気にしない。
階段を一段おきに飛ばしながら駆け降りれば目指す場所はすぐそこだった。
***
注目されるのは苦手だ。良い意味でも悪い意味でも、目立たずに生きてきた香川にとって今の学生食堂は過去最高に居心地の悪い場所となっていた。
複数の好奇の視線が背中に届く。どうやってやり過ごせばいいのか、なるべく穏便に済ませたいが上手く口が回らない。
「……えーと……何か……誤解があるのかもだけど……その、三田村が何か言ってたとしても、それを……その、吉野さん達から言われる筋合いはないというか……」
語尾がもにょもにょと小さくなる、我ながら情けないとは思う。
「は?!」
「何が誤解なの?!」
左右からの強い圧に怯んでしまう、誤解は誤解なのだがそれを説明するのもと思っていると、あのー、と言いながら前川が向かいの席に座ってきた。
「……三田村君に直接聞いてみたら?よく分からないけど、三田村君の事なんでしょう?」
「え?!」
突然の提案に驚く、それは出来ないだろうと思っていると左右からは「三田村君に直接言って貰おう」などと言い出している。それは困る。
「……いや、三田村は関係ないだろ……その、吉野さん達の気に障ったなら謝るけど……」
「謝って欲しい訳じゃないわよ……あなたが三田村君と一緒にいると迷惑って言ってるの」
「それに、三田村君にこれ以上言い寄ったりしないでよね、気持ち悪いって思われてるのよ」
「……え?!」
驚いた声を上げたのは前川だ、端から見ていただけで話の内容までは分からなかったのだろう。
こちらにも誤解されるのは困るがそれは後回しだ。
「……気持ち悪いっていうのは言い過ぎだ……とりあえず、その、誤解だし、えーと、そう、お酒が入ってて……だから」
「酔っ払ったら何してもいいって言うの?」
「……いや、そういう訳では……」
「香川!」
「……え?え??!」
「三田村君……」
数メートル先から名前を呼ばれた、大声という訳でもないのによく通る声だ。
その声に反応したのは香川達だけではなく、食堂にいたほとんどの人間が三田村に注目した。
なんでお前が来るんだよ、そんな思いが顔に出ていたのだろう近付くのを躊躇うように三田村は足を止めた。
「……もう授業始まるしオレは行くよ……」
「え、なによ……まだ話は……」
ひそひそ声の中には修羅場か?なんて声まで聞こえてきて、そうじゃないけど、それに近いと暗澹たる気持ちになる。違うのに。
でも三田村が来たからそう見えても仕方ない。
きっと女子を助けに来た王子様みたいに周囲には見えているのだろう。
「……香川?」
「お前も教室戻れ、もう授業始まるだろ」
三田村の脇を通り過ぎ、顔を見ずに声を掛ける。
「おい……!」
足早に、廊下に出てからは走り出した。途中、疲れた顔をした細井とすれ違ったので、多分三田村を呼んできたのは細井だろうと見当が付いた。
そういう助け船が欲しかった訳ではないと言ってやりたいが、きっと心配してくれたから三田村を呼んでくれたのだろう。
「香川」
悔しい事にすぐに追い付かれ、腕を捕まれてしまった。ギリッと睨み付けると、まだ息の整わない三田村はただ荒い息をしながら香川を見下ろしていた。
もしかしなくても教室から走って学食へ行って、また走ってオレを追い掛けて来たのか?
必死な形相と荒い息遣いがそれを裏付ける。
なんで、そこまでするんだと思ったが答えは知っている。だからこそ、なんでオレなんかにと思わずにはいられない。
むかつくし、イラつく。ちっとも嬉しくなんかない。ただ、心の奥の柔らかい場所がズキズキと痛む。
「……香川、ちょっとだけ話聞いた、よく分からないけどお前がオレに告った事になってる?」
「……」
「なんで……否定しないんだよ……」
逃がさないとでも言うように、がっちりと両腕を捕まれる。振りほどこうとしたが、止めた。
「気持ち悪い、でいいだろ……お前が気持ち悪くないなんて言い返さなくてもいいだろ……」
どうしてそんな泣きそうな顔をするんだよ。そんな顔を見たくなくて香川は俯いた。
「……放せよ」
「……」
言えばすぐに解放された、ごめんと小さく謝罪の言葉が続いたがそんな事が聞きたい訳ではない。
「誤解だとは言った、でも納得してくれなかったし……もういいよ」
「よく、ないだろ……大分……目立ってた」
「……うん」
「オレからちゃんと……」
「いいよ、止めろって……」
「なんで……」
気遣うような視線で三田村が見つめてくる。
ため息をついて、自分が考えていた事を話した。
「……もう、テスト始まるし終われば春休みだ、来期になればみんな忘れるよ」
「は?何言ってんだよ……吉野にオレからちゃんと」
「だから、いいって、吉野さんにそんな事言わなくたって……」
「吉野が傷付くから?」
もう一度、今度は大きめにため息を付く。オレはそんなに優しい人間ではない。
「……吉野さんにやっかみを買うだろ、オレが……オレはこれ以上この話を広げたくない……これで友達減るって程友達いる訳じゃないし、オレは……へんに目立つのとか嫌だよ、だから三田村も関わるな、聞かれても適当に濁せよ」
「……」
「……授業、遅れちゃうから……」
「うん……」
全然納得出来ない、という顔だったが渋々という様子で早歩きを始めた香川の後を三田村も着いてきた。その後に細井と前川も二人を気にしながら着いてきた。
二人には後で説明しないといけない。それは面倒だし、本当の事をちゃんと話たいけれど、それは出来ない。
知らず知らず香川は重いため息を付いていた。
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