24話

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24話

 香川が読んでいた通り、テストが始まり春休みを終え学年が上がると誰も噂話をする者はいなくなった。直後でさえ、噂は少なかった。  ただやはり、吉野と澄川を取り合う痴話喧嘩、という噂ばかりではあったが。当の彼女達も詳しい真相は話さず、口を閉ざしていたのも幸いではあった。  また、学食内に人が少なかった事もあるが、香川と三田村が一緒にいて、ただの友達という雰囲気のまま普通に接していたから、というのも大きいだろう。  三田村にはどういう事なのかと聞きにくる者もいたが、香川は三田村が着いていたおかげでか野次馬からの被害には合わなかった。  三田村は聞かれても適当に濁しながら誤解だと説明をした。  吉野達はあれから三田村にも香川にも突っかかる事はなかった。多分、自分が三田村に相手にされていないと分かったのだろう。  三田村としては香川に被害が及ばす済んでよかったと思っている。  何も変わる事なく、月日は流れた。 いや、変わらない訳ではない。一つ歳を取りあの事が切欠だった訳ではないが交友関係が少し変わった。  男友達は特に変わらなかったが、女子の友達は減った、というかタイプが変わった、とでも言おうか。男女の友情は成立すると思っている三田村なので女友達は普通にいたが、そこから男女の関係に発展する事もあった。  だけど今それはなく、周りにいる女子と言えば前川の友達が多い。何かしらのおたくという人種の女子だ。  全くオレの事を男と思ってない。それはそれで面倒がなくてよい。時々料理の話をしたり、オレの作らないような菓子作りの話を聞いたり出来るのは楽しい。  前川がたまに香川との事を聞きたがるが残念ながら進展はない。  あと、久保が彼女と別れた。それ位だろうか。 *** 「寒かったな、今日」 「うん」  今でも香川はこの部屋を訪れてくれる、それは変わらなかった。  大学三年の冬、年が明け来月からは春休みに入る。あの一件から一年が過ぎた。  いつものやり取りの後、香川はキッチンに立つ三田村の手元を覗き込んだ。 「もうすぐ出来るから、とりあえずご飯と味噌汁持って行って」 「うん」  包丁を使いながら声を掛ければ、香川はご飯茶碗と味噌汁用のお椀を用意しよそり始めた。  慣れた手付きでこなし、トレーに乗せてこたつへ運ぶ。そしてそのままテレビのリモコンを手に取り、今日は火曜日だからクイズ番組にチャンネルを合わせた。  切っていた大根、三つ葉を小皿に盛りドレッシングを掛ける。冷蔵庫からは漬けておいた大根の浅漬けを出し、既に調理を終えているフライパンからほうれん草とイカのバター炒めを大皿に移す。 「あーそだ、昨日作った煮物あるけど食べる?」  昨日は一緒に食べてはいない。香川のいない日は適当(納豆ご飯とインスタント味噌汁とか)になるか、翌日にも食べられるような煮物などを作る事が多い。 「あ、食べたい」  テレビ画面から三田村へ首だけ向け返事がくる。 「おっけー」  冷蔵庫からタッパーを取り出し電子レンジへ。大根としいたけ、鶏肉なので大根が被るけど……気にしない。だって安かったんだ。  暖冬の影響でか最近は野菜が安いので助かる。いまだ栄養バランスなどはよく分からないが、それでも野菜は食べさせてあげたいなんて思ってる。心境は香川のおかんだ。 「はい、お待たせ」 「あー、やっぱりバターの炒め物か、いい匂いしてた」 「だよなー、匂いだけで飯食えそう」  こたつの天板の上に料理を並べて今日の夕飯は完成。 「いただきます」 「はい、召し上がれ」  もうどきどきすることはないけれど、香川の一口目が何なのかはいつも気になる。  汁物があれば、大抵汁物から食べている。今日も同じく味噌汁。具は白菜と油揚げ。 「ふぅ……」  美味しい?とは聞かないけれど、多分香川はオレの作った味噌汁好きだ。最初、本当に最初の頃は味が薄い、濃くすればしょぱい等言われたが今はそんな事もない。  以前、味噌汁に関しては香川の実家は赤だしを使っているので関東風の味噌汁の味がいまいち分からない、と言われた。なので、赤だしの味噌汁を作ろうかとも思ったが、逆に三田村が正解の味を知らないので関東風の味噌汁を作り続けている。  今は味噌汁だけではなく、料理全般において文句を受ける事はなくなった。  一口目を見届けたので三田村も食べ始めた。 バターと醤油の炒め物は匂いだけでも食欲をそそる。白飯なので濃いめに味を付けてあるが、少ししょぱいかなーなんて思いながら食べる。  でも白飯が進むので問題ないだろう、多分香川もお代わりしてくれる筈だ。  大皿の中身はほうれん草、割引になっていたイカ、冷蔵庫に残っていたしいたけ(まだあと二個ある)  最近は何かを作ろう、というよりも安い食材と冷蔵庫(冷凍庫)の中にあるもので作れるものを作るという料理に変わってきた。慣れてきたからだと思う。 「香川はさ」 「……」  白飯を口に入れもぐもぐしているので、香川は三田村に視線を合わせこくりと頷いた。 「就職どうするの?」 「……?」 「っと、こっちでする?地元戻るの?」 「あぁ……うん」  ごくりと飲み込んでから香川が口を開く。 「多分こっち……地元には戻らないかなぁ……親もそのつもりみたいだし……オレも戻らなくてもいいかなって……」 「そっか……」 「うん」  まだ本格的に始めていないにしても、就職活動は始まっている。情報交換的な話はしているが、具体的にどんな職種に進むか、就職地に希望があるのかなどは聞いていない。  職種よりも、三田村は香川が地元に帰るのかどうかが気になっていた。 「三田村は……」 「うん?」 「………就職……料理に関係あるような所にするのか……?」 「え?」  思いがけない質問に箸を持つ手を止め、香川を見つめた。 「あ、いや、なんとなく……あ、でも免許とかそういうのあるのかな……」 「……考えなくもないけどね……でも多分そっちにはいかないよ、一般企業だろうねー」 「……だよな……」 「……でも、作るのはすきだし、自炊は続けたいと思ってるけどね」 「……そっか」  来春になっても、まだ隣にいてくれるのかなんて分からない。地元に帰らないにしても、地方勤務になる可能性だってある、それは自分にしてもだけど。  一般企業と香川に言ったように、特に料理方面に進むつもりはない。免許なども持っていない。だけど、全く考えなかった訳ではなかった。  でも、趣味の範囲を出ない自分の腕で雇って貰えるとも思えないし、本気で料理の道に進むのであれば知識不足だという自覚もある。  香川がいなければこんな風に考える事すらしなかっただろう。それだけ料理が三田村にとって大きなものになっていた。  ただやってみたいだけで就活の方向転換を図れる程、料理に対して情熱はなかった。 「なに?」 「……ん?あぁ……ごめん……なんでもない……」  考えながら香川の方をずっと見ていたようだ。いつもの盗み見ではないと思ったのだろう、不審に思われたようだ。 「早く決まるといいんだけどな……」 「うん……」  この先どうなるのかなんて分からない、でも、いつまで側にいられるのか分からないのならいっそ……。 「三田村」 「うん?」 「おかわり」 「……うん」  考えるだけできっと自分は何も出来ない。この笑顔を見せてくれるだけで、それだけでいいから、これからも側にいたいから。  この曖昧な関係が長く続けばいいなんて、このままでいいから側に。  香川から茶碗を受け取りながら、叶わないと思いながらも願わずにはいられなかった。
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