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31話
「おかえり、何か久しぶりだなー、うち来るの」
「……あー……かもな……」
「筍貰ったんだ!今日ほとんど筍しかないけど食べられる……よな?」
玄関でスニーカーを脱ぐと若干心配そうに聞かれた。筍は食べられる。実家にいる時はこの時期よく食べていたと思い出す。
「すきだよ」
「……あー、そっか、よかった、あ、弁当箱……」
「ありがと」
三田村は一瞬言葉に詰まったように黙り込んだが、直ぐに笑顔を作るといつものように弁当箱を受け取った。
「筍の炊き込みご飯に炒め物と味噌汁にも入れたし、サラダにも入れてみた、煮物は明日の弁当に入るよ」
「実家でよく食べたよ、ばあちゃん家で取れるから」
「……自生してるらしいな……なんか、庭とかで……」
未知のものを見るような顔で三田村が言う。田舎というか、都心でなければ都内でも筍位自生しているだろうと思うが。
「うん、そう……まぁ都内だと、庭って言っても竹とか生えてないもんな……裏庭に竹藪あってそこで……そっか、送って貰えばよかったな」
「そっか……来年は頼みたいな」
「わかった、あ、貰ったって……」
「あぁ、学校の友達、実家から送られてきたって……やっぱり庭で取れたって言ってた」
「へぇ……そっか」
ゴールデンウィークが終わり、5月中旬。
仕事も最近残業はなかったが、新人社員の里中と夕飯を食べる事が多くなっていたので三田村の部屋へ来るのは久しぶりだ。
里中もだが、上司の菊地の誘いで菊地の自宅で夕飯を食べたり、飲みに行ったりする回数が格段に増えた。多分これは里中の性格による所が大きい。
弟気質、というか無意識なのか分からないが甘える、というか頼るのが上手いのだ。
仕事もそんな調子で頼られると嫌とも言えず、手伝ったりしてしまう。
なるべく早く全てを任せられるようになって欲しいのだが、菊地にしてもゆっくりでいいだろう、なんて言うので中々独り立ち出来ないでいる。
覚えるのが遅い訳ではないので、適度に仕事を分担して様子は見ているが自分の新人の時と比べると随分と優遇していないか?なんて思ってしまう。
「最近、職場の人と食べてる?」
筍の柔らかい穂先部分(姫皮と言うらしい)とわかめの味噌汁を啜り終えてから答える。
「うん、割りとな……新人入ってきたって言ったじゃん?一人暮らしみたいで、何かホームシックなのか一緒に食べましょうよとか言われるとなぁ……」
「ふぅん……帰り、大丈夫か?飲みすぎてない?」
「……大丈夫だよ……なんでだよ、ちゃんと帰って来てるじゃん……」
心配そうというよりも、不審そうな表情で見てくるのでこちらが不安になってしまう。
「……何か、少し前に夜中に大きい音してたから……あと……話し声も……」
「……ん?何かあったっけ……あ、煩かった?」
「そうじゃないけ」
「あ」
三田村の声に被せるように、思い出した香川が口を開く。
「……たぶん、終電……位の時間に帰って来て……ちょっと、玄関で躓いただけだよ……」
その後暫く膝に痣が出来ていたが、それは黙っておこうと香川は思った。
「……誰かと?」
「あぁ……里中……会社の新人」
後輩の名前を上げたところで、説明も加える。
「送ってきて貰ったとか?」
「そうじゃないけど……」
里中とは同じ沿線を使っている、先に降りるのは里中だが香川が寝てしまったので心配になり降りずにそのまま乗ってくれていたのだ。
その時はもう帰る電車もなくて泊めたがそこまで話す必要はないだろう。なんだか、怒られそうな気がして黙っていた。
「帰れない時は呼べよ」
「は?」
「迎え、行くし」
「……いいって……帰れるし……」
「……」
真剣な眼差しで見詰められても困る、そんなに自分は頼りない人間だろうか。そんなに、心配を掛けているのだろうか。
「……お前最近結構飲んで帰って来るだろ……それはいいけど、加減して飲めよ」
「……わかってるよ」
「……別に説教したい訳じゃないんだ、心配なだけだから……」
「うん」
それは、分かるけれど友達なのか、ただの隣人なのか自分達の関係性に疑問を持ち続けている香川からしてみたら余計なお節介にしか聞こえない。
心配されるのが、気に掛けてくれるのが嬉しいと思った事もあったけれど、今はそれが鬱陶しい。
好意を持たれている自覚はある。でも、それは友達としてではない。なら、異性と同じように思われている?それは分からない。
自分は女性的な顔立ちな訳でも、体だって三田村に比べたら身長は低いが華奢という程でもない。
友達以上の感情が恋愛感情なのだろう、香川にはその違いがいまいち分からない。
だからこそ、三田村の気持ちが分からず、いまだ友達のように接していられるのだが。
三田村の事は友達だと思う。でも、邪険に出来る程距離が近い訳でも遠い訳でもない。だから、困る。
香川の心中など知らない三田村は聞き入れてくれたと思ったのだろう、表情を柔らかくし安堵している。
「明日の弁当もだいたい筍だから」
「うん……ありがとう」
味噌汁の濃さも、筍と豚肉の炒め物の味付けも、炊き込みご飯の米の固さも全部、いつだって香川の好みで。
最近はもう何が食べたいか聞いてくる事は少ない。大体予想を立てているのだろうか、あの料理が食べたいなんて思っていると食卓に並べられている事が多くなっている。
もう何年自分の為に三田村は料理を作ってくれるのだろう。この先も?まだ?いつまで?
友達なのかも怪しいのに。
「三田村」
「ん?」
だけど、結局は何も言えず、ただ隣にいる。
名前を呼べば嬉しそうに綻ぶ笑顔に、何て言えばいいのだろう。
お前本当にオレの事好きなの?
聞ける訳がない。
「あ、おかわり?」
「……うん」
手元の茶碗に目を落とした三田村は、香川が何か言う前に先回りしてきた。実際のところ、何も言えなかったけれど。
茶碗を手渡す、指先が少しだけ触れたけれど直ぐに香川の手の中は空っぽになった。
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