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32話
専門学校へ入ってからというもの、三田村の交遊関係は変わった。学生の友達が増えた。
でも全員が年下という訳ではなく、中には三田村のように社会人を経て専門学校へ入学してくる者もいた。歳が近い者がいれば自然そういったグレープの中へと入るようになる。
その内の一人の実家で筍が取れたので、何本か学校に持ってきてくれた。
お裾分けを貰った三田村は早速部屋に帰ると悪抜きをして、筍料理を作り始めた。
新しい食材を使う時はいつも楽しい。この、楽しいという気持ちがいつまで続くのかは分からないがこの感情は大事にしていこうと思っている。
香川には言えないが、この気持ちは香川がくれたものだと思っている。
いつだって、想うのは誰かに美味しく食べてもらいたい、ではなく香川に美味しく食べて貰いたいという事。
そんな理由で進路を変更した訳ではないが、大きな要因にはなっている。
だからこそ言えなかった。照れ臭くて、というのも正しいけれど。伝えられなかったのだ、自分の人生を変えたと言っているようなものだ、そんな事をただの友達に言われたらどう思うだろう。
重い奴だと思われるに決まっている。
もう何年も二人の距離に目に見える変化はない。でも、時々距離を置かれていると感じる事が増えた。
多分、学生に戻った事が原因なのではと思う。隠していた事に今更ながら後ろめたさを感じるがもう過ぎた事だ、三田村の中では決着がついた事。
でも、三田村は知らない。まだ香川がその事で気に病んでいる事を。
***
「おかえり、何か久しぶりだなー、うち来るの」
「……あー……かもな……」
いつものように香川を迎え入れる。
着替えたり、スーツのままだったりとその日によるが今日はスーツのままだ。
薄い水色のワイシャツに濃紺のパンツ、ネクタイはない。暑いからか腕捲りをしている。
社会人四年目だけに、もうスーツ姿に違和感はない。違和感はないけど、隣の部屋へ来るだけだからいつも足元はスニーカーだ。
「筍貰ったんだ!今日ほとんど筍しかないけど食べられる……よな?」
三田村の質問に、考えるでもなく香川はすんなりとそれを言葉にした。
「すきだよ」
不意打ちだった。別に自分に向けられた想いなんかじゃないって分かっているのに、一瞬言葉に詰まる。
「……あー、そっか、よかった、あ、弁当箱……」
「ありがと」
きっと香川は気付いてないだろう、この動揺も、この想いも。
いつものように笑顔を作って弁当箱を受け取った。
その後、筍の話の途中で香川の祖母の家にも筍がある事が分かり、少しだけ緊張しながら聞いてみた。
「そっか……来年は頼みたいな」
「わかった」
香川は何て事ないように承諾した。
何て事ないのだろう、来年の話をするという事に。
来年もまだ一緒に夕飯を食べている未来を想像出来るのか?多分そこまで考えていないのだろう、それはそうだ。ただの友達であれば、来年だって再来年だって、この先も関係が終わる事はないのだから。
決定的に何かが変わる事なんてないのかもしれない。そんな風に思っていた。
もしかしたら香川はこのまま独りでいる可能性はある。自分とどうにかなるとはもうほとんど思ってはいないけれど、それでもこの関係のまま歳を取るのもいいだろう。
不確かな関係だと、自分が一番分かっている筈なのに。終わる時はなんだってそうだ、呆気ないものだと。
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