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35話
「本気で言ってんのか?」
「……そうだろ……仕事、辞めるのも、学校行く事も……何も知らなかった、友達なら、少しでも大事だと思ってくれているならそういうの、言うもんじゃないのか?」
「……いつの話だよ、そんな事」
「そんな事だよ!オレは……別に、大事に思われたい訳じゃないけど、少なくともオレは、お前は……隣に住んでるだけの友達じゃなくて、大事な友達だと思ってるよ……!!」
喋っている内に感情が昂ったのだろう、最後は怒鳴るように大きな声だった。
こんな大声で怒鳴られるのは多分初めてで、こんなに感情をぶつけられるのも初めてで、聞き流せばいいのに三田村も冷静さを欠いていた。
「そんなの……お前だけだって、分かってるだろ……」
「分かんないよ……!」
「あー、そうだよな、分からないよな、本当に鈍感だよなお前は!!」
「そういうのじゃないだろ?!好きだって思っていてくれるなら、少なくとも友達以上なら、なんで……」
一歩近付き香川のシャツの衿元を掴み上げ、乱暴に顔を引き寄せる。お互い喧嘩腰でなんでこんな事を言い合っているのか、そんな考えは当に消えていた。
「オレはお前と友達ごっこがしたい訳じゃない!!」
「……やっと、触ってきた……」
「は?」
「さっきも……やっと、お前……ずっと、オレに触れなかっただろ」
「……」
「怖くねぇよ、お前なんて……友達でもないなら、なんだよ……お前オレに飯作ってるだけじゃん……」
シャツを掴む腕をぐっと香川が掴む。引き離そうとしている訳ではない、懇願するように力を入れてくる。
「……それしか出来ねぇもん、オレ……お前に、何も出来ない……そうだよ、触れる訳ないだろ、オレがお前の事どんな風に見てるのか自覚ないのな?好かれてるって分かってるのに馬鹿なの?お前?!」
「馬鹿ってなんだよ!!」
「馬鹿だよ……」
空いている手を香川の肩へ置きぐっと力任せに押し倒す。
ベッドに半身沈んだ香川は何が起きたのか分からないような表情のまま、目をぱちぱちと瞬いた。
「……ここまでされなきゃわかんねーの?」
「……」
「……ほんと馬鹿だよ、お前……」
お互いまだシャツを掴み、香川も三田村の腕を掴んでいる。固まったようにその手は離れない、実際思考が固まっているのだろう。
抱き締めたい衝動を抑えるのに自制心を総動員しなきゃいけない気持ちが分かるか?!と怒鳴り付けたい。
暫く見つめ合う、というよりは睨み合ったままいたが三田村の顔が急に近付くと、香川は驚いたように顔を背けた。
「……なにもしないよ……」
力なく呟きシャツから手を離し、香川の腕を解き上体を起こす。
「……する訳、ないじゃん……」
香川ものろのろと上体を起こし、呆然としたまま三田村を見上げた。
「……お前に……お前が……逃げるような口実与える訳ないじゃん……」
込み上げてくるものを抑えきれなくて、香川に背を向けドアに足を向ける。
「あー、もう、止めだ、止め!!ほんと、お前のそういうとこ大嫌いだ……!」
半分開いたままのドアを大きく開ける。
「飯作ってきただけだよ!でももうそれも止める!全部終わりにしてやるよ、それでいいだろ、どれだけ時間かけたってオレはお前の望む友達にはなれないし、お前は友達以外にはなれないんだろ……知ってたよ、ほんと、ずっと分かってたよ、オレも大馬鹿だ!」
「……三田村」
「お前が逃げないならいいやって思ってたけど、オレが終わりにすればいいだけの話だったな……もう飯も作らない、ただの隣人でいいや、その方がお互い平和だろ」
「おい……」
立ち上がる気配に、三田村は部屋から出ようと玄関へと足を進めた。
「三田村……みた、わ……!」
どさりと倒れる音に振り返れば、酔っぱらっているのを忘れた香川が床に這いつくばっていた。
「……待てよ」
怪我はしていないようなので放っておいていいだろう。そう判断して三田村は玄関に脱いであるスニーカーに足を入れた。
「……三田村!!」
「近所迷惑だろ、怒鳴るな」
「……言いたい事言って帰るな……」
「帰るよ、何時だと思ってるんだよ……もう後輩出てくるだろ、あいつに後は面倒見てもらえ」
「……何でお前が泣くんだよ……」
「……じゃあな」
「……三田村!」
玄関を閉め隣の自室へ駆け込み直ぐに鍵をかける。あの様子だと追っては来ないだろうとは思うが。
溢れ出る涙を乱暴に拭い踞る、声を立てず三田村は静かに泣いた。
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