40話

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40話

 21時を少し回った頃、突然玄関チャイムが鳴った。  ドアを開けると予想していなかった人物が立っていた。三田村だ。どうした?というより、なんでだ?という疑問の方が強く、多分不審な顔をしているのだろう、三田村はばつの悪そうな顔で手に持っていたビニール袋を差し出してきた。 「……なんだよ、元気そうじゃんか……」 「……?」  元気だと悪いみたいな口振りだ。  そろそろ8月が終わる、夜であってもまだ暑い。三田村はTシャツにジーパンにスニーカーというラフな格好をしている。どこかへ出掛けていた帰りなのか、もう片方の手にはスーパーのビニール袋を持っていた。 「……店長から聞いてるかもだけど……別の所でバイトしてて、今日久しぶりにTAISHOに顔出したら……香川、夏バテっぽかったって……」 「あー……うん、夏バテ気味ではあったけど……お盆休みで実家帰ってそっから回復した……」 「そう……まぁ……いいんだけど……っと……これ、とりあえず……作っちゃったし……今日はもう食べたなら明日にでも食えよ……」  美味しそうな匂いがしていると思っていたら、どうやら三田村が作ってくれた何かのようだ。  手渡されたビニール袋を覗くと、持ち帰り用のパックに入ったサラダのような物が見える。  パックは3つ入っていた。 「……サラダと……あと手羽先と煮卵と焼きそば……」 「作ってきてくれたのか?」 「……焼きそばだけな……あとは貰った、店長も花梨さんも心配してたから……あとで顔出せよ」 「うん」  店に行った時もそうだったと思い、香川は素直に頷いた。 「じゃあ……」 「三田村」 「ん?」 「……ありがとう」 「……いいって、別に……ちゃんと飯食えよ」 「うん……おやすみ」 「ん……おやすみ……」  三田村が隣の部屋の中に消えるまで見送り、香川も部屋に入った。  テーブルの上にビニール袋を置き、中のパックを取り出して並べた。  夕飯は既に食べてはいるが、美味しそうな匂いがさっきから香川を誘っている。  割り箸まで入れてある。まだ温かい焼きそばのパックの輪ゴムを外し一口食べる。 「……」  見ただけで三田村が作ってくれたものだと直ぐに分かった。黒胡椒少な目というより、ほとんど使ってなさそうだ。  そして、麺よりも野菜の具材の方が多いのは、野菜不足を心配しての事だろうか。 「……おいしい……」  いつだって側にあったもの。何もせずずっと与えられ続けてくれたもの。それがどんなに大切だったのか気付きもしないで。 「……ごめん……」  また心配をさせている。いまだ気を遣ってくれる。嬉しいなんて思ってはいけないだろう、もう友達でも何でもないのに。もう、何も返せないのに。  ぽたぽたと落ちる涙を拭って上を向いた。  蛍光灯の明かりが目に入り眩しい。目をぎゅっと瞑ると、溢れた涙がまた頬を伝う。  その気もないのに、三田村に応える事なんて出来ない。それにきっともう遅い。  同じ気持ちで、好きになれればよかったのに。 ***  三田村が差し入れてくれた事は別として、あんなに会わなかったのに、偶然は唐突やってきた。 「いらっしゃいませー」  女子バイトの明るい声が店内に響く。花梨も復唱して、そして驚いた声を上げた。 「あら、お疲れさま、ご飯食べに来たの?」 「お疲れ様です、空いてます?混んでるなら……」  常連客でも来たのだろうと背後のやり取りを聞いていた香川だが、耳に入ってきた声に振り返りそうになった体をじっと固めた。 「大丈夫、珍しいわね、バイト以外の日に来るの」 「はは、まぁ今日は作るの面倒で」 「丁度香川君いるから、相席でいいわよね」 「え……」  心の中で、三田村と同じように動揺した声が出た。 「香川君、いいわよね~」 「あ……はい……」  二人用のテーブル席に座っていた香川の向かいの席へ三田村が座る。これから混雑するであろう金曜日の夜、更に花梨に言われては断る訳にもいかない。 「……久しぶり……でもないか……」 「あぁ……」  前回会ってから一週間も経っていない。最近香川がこの店に来るのは三田村のバイトがない日と決めていたのに、まさかバイトではなく飯を食いに来るとは思わないではないか。 「なに、可愛いの飲んでるんだよ」 「……いいだろ、たまにはいいんだよ」  社会人になってから専らビールが多くなった。  周りの男性社員が甘いカクテル等を飲まないのと、女子社員も甘い酒よりも日本酒やビールを好む者が多いので男のくせに、などとからかわれるのが恥ずかしく、この店以外で甘い酒を飲む事はなくなっていた。  だからこそ、ここではカクテル系の甘めの酒を好んで飲んでいるというのに。  ……いや、これはわざとだ。それは知っている筈だ。それに三田村は何だかニヤニヤしている。 「……なんだよ、ニヤニヤして、子供っぽいって言いたいんだろ」 「別に……何、食ってたの?」 「サラダと揚げ出し豆腐……」 「……それで甘いの飲んでるのかよ」 「いいだろ、別に……お前は?何食べるの」 「どうしようかな、香川は?それだけって事はないだろ?焼きそば食べないのか?」 「……焼きそばは……今日はいい」  不思議だ、こんな風に普通に話が出来るなんて思わなかった。  三田村は以前と変わらず、香川の話を柔らかい眼差しで聞いている。 「決まったのかしら?」  三田村の分のお通しを持って花梨がテーブルの横へ立つ。 「あ、はい、ちょっとキッチン入っていいですか?」 「え?手伝わなくても足りてるわよ?」  まだ満席にもなっていないし、団体客がいる訳でもない。キッチンの方へ視線を送れば女子バイトと雑談している店長が見える、全然余裕そうだ。  花梨と同じように疑問に思っていると三田村は立ち上がった。 「そうなんですけど……キッチン入っても平気そうですよね。香川、塩焼きそばでいいよな?」 「は?」 「ちょっと作ってくる」 「は??」  止める間もなく三田村はキッチンへ入ってしまった。店長は一度香川の方を見て、三田村と話をすると店内からは見えない奥へ引っ込んでしまった。  ここからではよく分からないが、出て来ないところを見ると三田村は焼きそばを作り始めたのだろう、下を見ながら手を動かしているようだ。 「……香川君焼きそば食べたいって言った?」 「いえ、言ってません……オレ、今日は米食べようと思ってたのにな……」 「……あぁ、やっぱり三田村君勝手に作り始めたのね……ねぇ……気付いてた?三田村君が作る塩焼きそば」  花梨は香川を見て悪戯っぽく笑った。何て答えたらいいのか分からず、香川は小さく頷いた。 「はは……でも、多分三田村君は香川君が違うって思っている事に気付いてないわよねぇ……まぁ、言うつもりもないんでしょうけど」 「……オレも……指摘するつもりはありません」 「いいんじゃない、なんだかあなた達らしいわ」 「……」  花梨は別のテーブル客に呼ばれ離れていった。  オレ達らしい、とは? そうは思ったが聞くのも野暮なんだろう。どう思われているのか少し不安はあるが、そのままにしておこう。三田村に何も言わないのと同じだ。
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