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41話
「はい、どうぞ」
片手に海老塩焼きそば、片手に取り皿を持ち香川の待つテーブルに戻る。
香川は歓迎というよりも、呆れた顔で焼きそばの皿と三田村の顔を見比べた。
「……」
「……食べない?」
「食べる……」
取り皿に取り分け香川に渡す。香川は直ぐに食べ始めず、テーブルの上の三田村のスマートフォンに視線を送った。
「なんか、鳴ってたよ」
「……ん?そう……」
「うん」
確認は後でいいと思っていたが、香川は見ないのか?という顔で見てくる。
「……通知、すげー来てると思うけど……確認した方がいいんじゃないのか?」
「あー……明日出掛けるからそれでかな……」
スマートフォンを手に取ったのを見届けた香川は漸く箸を持った。
三田村の視線が鬱陶しかったのだろう、香川は早く見ろと短く言って食べ始めた。
明日は土曜日、学校の友人数人で先週オープンしたカフェに行こうと話していたのだ。
有名なパティスリーのカフェらしくオープンから連日混んでいるとの事で早めに行こうと言っていたのだが、まだ行く人数と時間が決まっていなかったのでそれの事だろう。
「……おいしい?」
「ん、うん……」
もぐもぐと口を動かす度に頬が動く。そこに視線を置いて聞けば、まだ咀嚼中なのでくぐもった声が返ってきた。
「おいしい」
「……うん、よかった……」
香川がちらりと三田村を見て微かに笑顔を浮かべた。その顔を見れば美味しかったのだろというのは分かる。
何年も見てきたのだ、聞くまでもない、でも言葉で欲しくて三田村はつい聞いてしまう。
画面を見ればLINEの通知が十数件になっている。面倒だと思いながらも確認すれば、やはり明日の待ち合わせの件だ。
「……明日、どこ行くんだ?」
「んー……?あぁ……えー……と、どこだ、これ……代官山?だったかな……」
「ふーん……学校の?」
「そう……何人かで……行こうって…それの連絡」
「そっか……」
三田村は明日何人で行くのかもよく分かっていない、気乗りしない訳ではないけど面倒くさい。
女子で盛り上がって、それに男子が乗っただけだ、年下も多いしたまにテンションについていけない時もある。歳取ったなと思う瞬間である。
「おんなのこと?」
「……女子もいるよ………あ、若い女の子紹介しようか?」
「……なんかお前が言うとあやしい……」
「あやしいって……」
「……お店の客引きみたい」
「失礼だな」
むすっとすれば、香川は小さく笑った。
わだかまりのない、ただの友達みたいな会話。本当は女子の事気になる?とか、女子を紹介してほしかった?とか、そもそも気になる女子はいるのか?とか色々聞きたい。
友達なら気兼ねなく聞けるというのに。
「女の子とデート?」
後から花梨の声が掛かると直ぐにテーブルには料理の載った皿が幾つか置かれた。
たらことチーズのだし巻き玉子、水菜と豆腐の和風サラダ、夏野菜と鶏肉のさっぱり炒め。
テーブルの上がいっぱいになってしまうので、食べ終わった皿と効果する。
「いや、デートじゃないですよ、何人かいるし」
「そう?はい、ウーロン茶二つね」
香川と三田村の会話が聞こえての質問だったのだろう、聞いてきた割に興味はなさそうだが。
「……?」
「お前の分、それ、二杯目って聞いたぞ」
「……」
不満そうな顔で香川がウーロン茶のグラスを自分の元へ引き寄せた。
香川は少し顔が赤くなっている。甘いカクテル程アルコール度数は高いのだ、ここで酔っ払う事はないだろうが心配なので酒を飲ませたくない三田村が勝手にウーロン茶を注文していた。
「じゃあ、ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
ぺこりと香川も無言で頭を下げる。この間も思ったが少し髪が伸びたようだ、顔を上げ邪魔そうに前髪を耳に掛けている。
「まだ食べられるだろ?」
「ん?……あぁ……」
サラダは先程香川も頼んでいたが、野菜不足になっていないか、そんな思いからもう一度頼んでしまった。
もはや心境は母親だ。自分でも呆れる。
取り皿にナスやオクラ、鶏肉を取って食べ始めると香川も同じように新しい取り皿に手を伸ばした。
「……ナス、柔らかいな……やっぱり上手いな……」
「なす?」
「この間炒めたら柔らかくならなくて……食べられなかった訳じゃないけど、お前が炒めてた時も柔らかかったなーって……」
「あぁ、レンジで温めてから炒めるといいよ、柔らかくなるし……ていうか、自炊、したのか?」
「うん……家から色々送ってもらったし……あんまりしないけど……でも、不味いっていう訳じゃないけど、やっぱり三田村みたいに上手くいかない……美味しかったもんな、いつも」
懐かしむような笑顔で香川が言う。自炊をしている驚きよりも、香川の中でそれが過去の事になっている事の方が三田村には堪えた。
「焼きそばも美味しい……まだ先の事だけどさ、就職先はさ……教えてくれよ……食べに行きたい」
「……」
箸を止め香川を見つめる。照れくさいような、優しい顔で続けるその顔をただ見つめる。
「美味しい料理は人を幸せにするな……すごいよな、自分で作っててつくづく思うよ、お前の料理は誰かを幸せにできる、だから、オレも……食べに行きたいなって……」
「……うん……」
お前を幸せに出来ていたって思ってもいいのだろうか、それが過去の事でも。
「あと、さっきの塩焼きそばも美味しかった……お前の久しぶりに食べて……うん、美味しかった……」
「……うん」
恥ずかしくなったのか、香川はウーロン茶を飲み玉子焼きも食べようっと、独り言を言いながら取り皿を手に持った。
何も言えない。嬉しいとも、もっとお前に作ってやりたいとも。
今はさっきみたいに塩焼きそばを作る位しか出来ないけど、これからも多分それはあまり変わらないのだろうけれど。
香川の為に料理をしなくなってから思い知らされたのは、自分が作りたかったのは香川の為だけだった、という事。
だから、今勉強している事に意味があるのかなんて疑問に思い始めていた。
料理は好きだ、だからこそ料理の道へ進む決心をして仕事を辞めた。
だけど、料理が誰かを幸せに出来る、そんな事考えた事もなかった。
「自炊、がんばれよ」
「……うん」
心にもない言葉が出る。香川は少し驚いたようだが、三田村の言葉を素直に受け取り頷いた。
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