44話

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44話

「先輩、クリスマスどうなんですか?」 「……どうなんですか?とは?仕事だろ」  休憩中、正面に座った里中が楽しそうに聞いてくる。香川としては別に楽しくもない話題なので真顔で答えた。 「いや、そうなんですけど~!彼女と~とか!」 「お前嫌味か、彼女の居ないオレへの当てつけか?」 「違いますって……被害妄想ってやつですよ、それは……」  彼女が出来たからって浮かれやがって……香川は若干の羨ましさと妬ましさを含んだ視線で里中を睨み付けた。 「プレゼント、どうしよかな~って」 「……知るかよ」  コンビニ弁当を食べ終わった里中はスマホでプレゼント検索でも始めたのか、バッグかなー、それとも指輪とかがいいかなーと楽しそうだ。  ボーナスの使い道はこれで決まったようだ。 「気が早いな……」 「そんな事ないですよー、クリスマス、人気店とかだともう予約取れないお店とかもあるし」 「……予約?」 「そうですよ、デートの時に行くお店の」 「あー……そういう……」  11月、世間はハロウィンが終わると直ぐにクリスマスモードに入っていたが、香川にはまだ早いとしか思えない。  だが、クリスマスが楽しみな人種からすれば今から準備していくものなのだろう、よく分からない。  クリスマス、最近は特に何もしていない。学生の時だって、三田村の部屋へ行って……色々あったが、それからは敢えてクリスマスはバイトを入れていたし、社会人になってからも何もない。  三田村の部屋へ夕飯を食べに行くのもクリスマス付近は避けていた。  もしかしたら、あいつには予定があるかもしれない。もしかしたらまだあの時の事を気にしているかもしれない。  そんな風に思えばクリスマスを一緒に過ごそうなんて言える訳なかった。 「クリスマスか……」  香川は他人事のように呟き、マグカップに残っていたお茶を飲み干した。  まだ厚手のコートはいらなくても、首元にはマフラーがないと冷える。電車の中で緩めたマフラーを巻き直し、いつもの帰宅コースからずれ商店街の方へと香川は足を向けた。  買い物もしていきたかったが、今日は自炊はしないし、明日でもいい。朝食用のパンはコンビニでも買える。駅前の大通りから裏道へと入る。  目指す店はいつもの居酒屋TAISHO。時刻は20時を少し回った所、週の真ん中ではあるがもう混み初めているだろうかと少し心配になる。  見えてきた店先に待っている人影はないので、満席ではなさそうだ。引き戸を開けて暖簾を潜れば「いらっしゃいませ」と明るい声に出迎えられた。 「こんばんは、カウンターでいい?」 「はい、こんばんは、花梨さん」  笑顔で迎えてくれたのは店主の妻の花梨。いつものようにカウンターへと通される。  カウンター奥のキッチンに目を向けると、水曜日には必ず居るようになった三田村が目線を寄越してきた。 「お疲れ」 「お疲れさま」  短く挨拶をしてから座ると、横からお茶の入った湯呑茶碗が出された。 「はい、寒かったでしょ」 「そうですね、でも今日は風がないから幾分かマシですかねー」 「そうね~、日に日に寒くなって嫌になっちゃう」  花梨は直ぐに別のテーブル客に呼ばれて行ってしまった。注文はカウンターの中の三田村にすればいい、というか頼まなくても多分分かっているのだ。  店内は半分程埋まっているという感じか、ホール担当も今日は花梨しかいない。 「今日いつもより遅かったな」 「ちょっと残業になってさ……」 「いつもの?」 「うん、まだあるの?」 「……数量限定って書いてあるけど聞かれれば作るんだ」 「そっか……」  店内の壁に貼られたA4サイズの紙には水、木曜日数量限定、おまかせ夕飯セットと書かれている。尚、それを頼むとドリンク割引サービスも付いてくる。 「三田村君、おまかせまだいけるー?」 「大丈夫でーす」  花梨が店内からカウンターに声を掛ける、三田村が愛想よく答えた。  おまかせ夕飯セット。メニュー名の通り、店側がおまかせで作る夕飯セットだ。  おかずの盛り合わせ、ミニサラダ、ご飯、汁物が付いて700円税込み。  これだけ食べに来るサラリーマン客も多い。元から単身の客層も多く居たので、このメニューが浸透するのは早かった。  元々は三田村が香川用に作った夕飯を見つけた常連客が、自分も食べたいと言い出した事から始まったメニューだ。  香川用の時は三田村の習作が多く、今でも時々客からはずれと言われるおかずを出す事もあるが、概ね好評だった。 「肉が続いていたからなー……今日は魚だよ」 「ありがと」  今日のおまかせはおかずは鱈の柚子バタームニエル、たことじゃがいものガーリック炒め、つみれのピリ辛スープ、白飯、キャベツの塩昆布和え、それにひじきの小鉢が付いている。 「魚ってあんま食べないから嬉しいな……」 「一人だと中々な……食べようと思わないと食べられないよな」 「うん」  別に自分の事を考えてメニューを毎回考案している訳ではないと分かってはいるが、それでも少しは自惚れてもいいのだろうか。 「いただきます」  返事はなかったが柔らかく瞳が細められる。無言だけど聞こえてきた召し上がれを受け取り、香川は箸を持った。
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