131人が本棚に入れています
本棚に追加
45話
粗方食べ終わったタイミングでカウンターから新しい湯飲み茶碗が出てくる、これも毎度なので香川は飲み終わった茶碗をカウンターへ返す。
店内は大分空いてきた、もう21時になるのでここから混む事はないだろう。花梨も常連客と楽しそうに話している。
新しく淹れてくれたお茶を飲んでいると、カウンター席横にあるレジに出ているクリスマス予約承り中というポップが目に付いた。
そういえばこの店も毎年クリスマスになるとコースメニューが出てくると思い出した。
「三田村、クリスマスもバイトか?」
特に料理を作っている様子もなかったので話し掛ける。
「あー、多分そうだよ、バイト」
「やっぱりなー」
香川がレジ横のポップを見ている事に気付いたのか、三田村もそこに視線を合わせながら聞いてくる。
「……クリスマス、来るのか?」
「いやー……これ二人からだろ?」
「……まぁ、そうだけど」
「仕事、だし……カップルとかグループとか多いだろ?多分来ないよ……」
「そうか……」
どこかほっとしたような表情で三田村が頷く。
「三田村……」
「ん?」
「クリスマス、ケーキ……買っとくから……その、バイト、終わったら……一緒に食べないか……?」
単なる思い付きだった。言っている内に自分でも急に何を言い出すんだって思ったし、多分三田村も同じ様に感じたのだろう。怪訝そうな顔で香川を見た。
「あ、いや……なんか……ケーキ位食べたいと……思って……クリスマス……」
「……そうだな……」
クスリと小さく三田村が笑う。香川はほっとして次の言葉を待った。
「……でも、クリスマスは……終わったらここでみんなで打ち上げみたいのすると思うんだよな、ケーキ用意してさ……」
「……あぁ、そうか……」
「うん」
「オレも、残業かもだしなー……平日だし……まぁ、ケーキは、クリスマスの時混むしな……うん……」
努めて明るい声を出す、成功したかは分からないが。
残っていたお茶を飲み干すと、香川はカウンター席から立ち上がった。三田村はそれを見て店内へと移動する。
「ご馳走さま」
「……700円です」
レジに移動した三田村へ千円札を渡すと直ぐにおつりの300円がキャッシュトレーに乗って返ってきた。
「香川」
「ん?」
「明日は来るか?」
「………う、ん、多分来ると思う……」
一瞬言葉に詰まったが何とか答える。
「ん、じゃあまた明日」
「うん……ご馳走さま……」
いつもの笑顔を向けてくれる三田村に背を向けて店内を出る。背中に花梨の「ありがとございましたー」という追い掛けるような声が聞こえた。
そのまま早足でアパートの方角へ進む。酒を飲んだ訳でもないのに顔が熱い、もしかしなくても赤くなっているに違いない。
みっともない顔を三田村に見せたと思うと、恥ずかしくて居たたまれない気持ちになる。
きっとまたデリカシーのない奴だと呆れられた。きっと自分のこういう所が三田村は嫌いなのだろう、それなのに。
明日も来るのか?なんて聞いてきたのはきっと社交辞令だ。
……もう、三田村はオレの事好きじゃないのかもしれない。
自分でも自分が何をしたいのかよく分からない。
好きじゃないから、それが何だというのだ。
三田村はそれでもずっと想ってくれていたのだ、報われないと思いながらも。
与えられ続けてくれた愛情がこんなにも深いものだと知らずにいた自分。
どうすればいいのかなんて分からないけど、少なくとも三田村は努力してくれたのだ。美味しい料理を作る為に。だから自分も。
立ち止まり両手で頬を叩く、パン!と乾いた音に気持ちを切り替える。
想いを伝えたい、初めてそう思えた夜だった。
最初のコメントを投稿しよう!