46話

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46話

 シャカシャカと泡立て器で生クリームを無心で泡立ていると、視線を感じ三田村は顔を上げた。 「仕込み……?にしてはなんか違うみたいだけど……」 「お疲れ様です」 「うん、お疲れ……」  集中し過ぎて気付かなかった、花梨がキッチンの中に入っていた。シンクに寄り掛かりながら三田村の手元のボールを見ている。 「店長には許可取ってますんで……」 「今日のおまかせ?」 「はい」  作業用のテーブルの上に置いてあるのはホールケーキを作る為のスポンジ、苺のパック、そして三田村が作っているのは生クリーム。  それらを見て花梨は一つの結論を出した。 「……今日、香川君誕生日なの?」 「……はい?」 「だって、ケーキ作ってるんだもん……初めてじゃないの?デザート付けるの」 「……初めてだし、もうやりませんよ……これの分は自腹で付けさせて貰うし……その、ちょっと……試しに、というか……たまにはデザートもありかなって……」 「……ふーん……ケーキねぇ……まぁ、いいけど……」 「ケーキがあるので今日はちゃんと数量限定で行きます、ラスト5で貼り紙にカウントダウンお願いします」 「はーい、おっけー」  花梨は言いながら奥の事務室兼休憩室へと入っていった。  ランチを始めてからTAISHOは営業時間を18時開店へ変更した。三田村としてもそれはありがたかった、授業を終え電車に乗って17時からのバイトは間に合わなくないがそれはホールの場合だ。  仕込みはほぼ店長がしてくれているとはいえ、開店前にやらないといけない事は色々とあった。それが17時では間に合わないのだ。  ランチを始め、18時開店にしてから三田村にキッチンを任せるようなった。おまかせ夕飯セットを考えてからは開店前のこの時間が下ごしらえの時間となっていた。  今日はなすと豚バラの味噌炒め、エリンギのベーコン巻き、小鉢にランチで出した卯の花、白菜の味噌汁、これもランチの時に多めに作って貰った。   キャベツの塩昆布和え、白米。そして、苺のミニショートケーキ。  スポンジケーキはスーパーで買ってきた。これが売ってなければ、今日は止めようと思っていたので買えて良かった。  これを上下半分にスライスし、生クリームを塗って、カットした苺を乗せる。半分にしたスポンジを上から乗せて周りに生クリームを塗っていくのだが、製菓の技術などないので中々均等に、キレイに塗れなくて苦戦する。  塗り終わると温めた包丁で小さく切り分け、その一つ一つに苺を乗せていく。苺は足りなそうだったので半分カットして乗せる。 「……まぁ、初めてにしては上出来か……」  スポンジから作った訳ではないのでこれなら小学生にも出来る代物だが、ちゃんと見た目はショートケーキになった。  三田村は満足そうに微笑み、1つだけカットしない苺を乗せた。  ケーキ達を小皿に乗せ、冷蔵庫に仕舞えばもう開店まで15分を切った。  香川は何時頃来るだろう。余り混んでない時間に着てほしい、驚く顔がちゃんと見たい。 「三田村君準備どうかしらー?」 「はい、こっちは大丈夫です」  事務所からアルバイトの上田と花梨が移動してきた。店内に入り照明をつけ、暖簾を店の外に出し開店準備を始めている。 「苺、乗ってる」  冷蔵庫を開けた上田が呆れた声を出す、何となく言いたい事は分かる。 「それ」 「分かってる……てゆーか、他のお客さんから見られないようにしてよー」 「あー……そうか……」 「苺の所の生クリームにもっと埋めれば何とかなるんじゃない……?」 「確かに……」  それじゃあよろしくね、そう言ってポニーテールを翻し、TAISHOと書かれたエプロンをしながら上田も店の中へ入る。 「はーい、じゃあ開けるよー」 「はーい」 「はい」  花梨が看板のスイッチを付け、居酒屋TAISHOの開店だ。  水、木はいつもどこかソワソワする。今日はそれが一層強い、自分でも分かっている。 こんなだから気持ちが離れないのだ、それも分かっている。 「いらっしゃいませー」  引き戸の音に一組目の客が来た事を知る。三田村もその声に続き声を張る。 「いらっしゃいませ!」  久しぶりに気持ちが軽い、こんなにも香川に会いたいと思うのはまだ蟠りのなかった頃以来だろう。  だけどこの日、冷蔵庫の中のショートケーキを香川が食べる事はなかった。
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