49話

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49話

 結局その後も残業は続いた。それでもTAISHOへ行ける日もあったが、三田村はタイミング悪くいなかった。  予めバイトのある日を聞いておいた方が良かったと後悔したが、三田村に知られるのも恥ずかしいと思うと聞くに聞けず、会えないままでクリスマスはやってきた。  12月25日。  平日ではあるが、そんな事は恋人達には関係ないのだろう。帰り道、浮き足だった人達が多いような気がするのは、笑顔で歩く人達が多いからだろうか。  特に予定のない香川は珍しく定時で、というか皆が早く帰りたいからだろう、いつもより仕事もスムーズに進み残業せず帰れた。  夕飯は何にしようか、とりあえずコンビニでいいや。面倒臭さが先立ちいつも寄るコンビニで缶チューハイとつまみになるようなスナック菓子、弁当、ついでにチキンを買って帰途に着いた。  クリスマスと言ったって毎年こんな感じだ、特別な事はない。  部屋に帰っていつも通りにこたつのスイッチを入れる。  天板の上にはノートパソコンと無料の賃貸住宅誌、それに葉書が一枚乗っている。葉書はアパートの更新の有無を問うものだった。  引っ越しはするが、部屋にある賃貸住宅誌はこの沿線のものだ。最初は何となく引っ越しする際のイメージを掴みたくて貰ってきただけだったのだが、見ている内にいつか三田村と住めたら楽しいだろう、なんて妄想が広がり新しい賃貸住宅誌を見つけては手に取るようになってしまった。  妄想は楽しくはあるが現実そうはいかない。こんな事をしてないで、転勤後住む部屋をそろそろ探してもいいのでは、と思うが気が進まずまだ下調べもしていない。  賃貸住宅誌と葉書はこたつから下ろし床に置き、ノートパソコンを起動させた。夕飯を食べながら海外ドラマを見ようと思っていた。  クリスマスだろうが変わらない日常、別に虚しくなどない、もう虚しいと感じる事もなくなっていた。  コンビニでもケーキは買えたじゃないか、そんな事を思い付いたのは夕飯を食べ終えた時だったがもう遅い。 「……まぁいいや……」  そうだ、年末実家に帰るからその時手土産に買っていくのはどうだろうか、一つだけ買うのも気恥ずかしい。甘いものは家族皆好きなのできっと喜んでくれる筈だ。そうしよう。  海外ドラマを流しながら缶チューハイと一緒に買ってきたポテトチップを摘まむ。チキンは食べ終わっている。  アルミ缶の中身はほとんど終わりかけていた。グレープフルーツのさっぱりめの缶チューハイ、それを飲み干しこたつの天板にぺたりと頬をくっ付ける。  酔った訳ではないけど、頬に熱があるからか天板が冷たくて気持ちいい。 「……はぁ」  一時停止にしてこたつから抜け出る、お湯を沸かしてコーヒーでも飲もうか。ケーキがあればよかったのに。  そんな事を考えながら電気ケトルに水を入れていると、玄関でチャイムが鳴った。 「……?」  訪ねてくるような人物に心当たりはない。だけど、少しの期待を込めて香川は玄関へ足を向けた。  玄関の扉から覗き穴を見れば長身の男が立っていた。三田村だ。どうして?!という驚き以上に嬉しさが込み上げてきて慌てて鍵を開ける。 「三田村……?!」 「あー……お疲れ……」 「うん……」  三田村は黒いコートのポケットに片手を突っ込み、もう片方の手には紙袋を持っていた。笑顔はなく、何だか疲れたような顔をしている。 「……入っていい?」 「うん、どうぞ……バイト……大変だった?なんか疲れてない?」  スニーカーを脱ぎ部屋に上がった三田村はキョロキョロと部屋の中を見回した。別に珍しい物などないだろうに何だろう。 「……疲れた……忘年会も入ってきてるしな……団体客多くてさー」 「そうだよな、時期的にな……あ、お湯沸かしてるんだ、コーヒー飲む?」 「うん」 「あ、座ってて……あー……座布団ないか、ごめん、オレが使ってるの使ってていいから」 「ん?いいよ……」  立ったままだった三田村は香川が座っていた右隣に入った。座布団はないがカーペットが敷いてあるのでフローリングに直に座るよりはいいだろう。  お湯が沸くまでの間にコーヒーの準備をしようとキッチンでマグカップを出していると、背中に声が掛かった。 「夕飯食べたよな?」 「うん」  振り返り返事をすると、こちらを見ていた三田村と目が合った。 「三田村は?賄い貰った?」 「ちょっと食べてきた……お前ケーキ食べたの?」 「食べてないよ、コンビニで買えば良かったかなーって思ってた」 「んじゃ、丁度良かった」 「?」  言いながら三田村は紙袋の中から白い箱を取り出した。 「ケーキ、食おうぜ」  そして、漸くいつもの笑顔を見せてくれた。  小皿の上には苺と金色の柊が乗ったショートケーキ、マグカップにはインスタントコーヒー。  ケーキと一緒にプラスチックのフォークが入っていたのでそれも添える。 「ケーキ、買ってきたのか?」 「買ってきたっていうか、花梨さんに頼んだんだ、店の分と一緒に買ってきてって」 「そっか……ありがとうな、食べたいって思ってたから……」 「そりゃ、良かった……」  ふわりと三田村が笑う、お互いになんだか照れくさい。だから、三田村からケーキへ視線を移す。 「いただきます」  独り言のように言えば三田村も小さく続けた。  三角形をした苺のショートケーキ、食べるのは随分と久しぶりだ。ショートケーキ、というかケーキ自体。  柔らかいスポンジの上の生クリームと一緒にフォークを入れて口に運ぶ。口の中に入れると幸せな甘さが広かった。 「おいしい……」 「だよな、時々花梨さんが買ってくるんだけどさ、同じ商店街にある洋菓子店のなんだ……クリスマスケーキ予約してくれたからさ、これも予約して貰ったんだ」 「そうなんだ……」  食べてしまうのが勿体無い気にさえなってしまう。小さく切り分けながら食べていると、三田村と視線が合う。 「……美味そうに食うよなぁ……」 「……美味しいんだから仕方ないだろ……あ……」  可笑しそうに笑う三田村を見ていたら思い出した事があって。 「あ?」 「……ケーキ……ごめんな……」  謝ると三田村は何の事だと言いながら首を傾げた。
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