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「ーーーですから…! …何も知らないって言ってるじゃ無いですか…!」 「ーーーーー!!!」 店の従業員入り口付近にいた俺と要はほぼ同時に店の正面入口の方へと顔を向けた。 この女性にしてはやや低めな、聞き覚えのある声ーーーー 俺も要もどちらかがそうするわけではなく、お互いほとんど無意識に足音をひそめ、店を作るレンガの壁にゆっくりと歩み寄り、壁から隠れる様にその声の人物へ視線を向ける。 「ーーー私はあの日たまたま大学にいたんです…! 夫が……慎さんが携帯を忘れて行ったから届けようと思って…… 夫と大学を一旦出てランチをしてーーー大学に夫を送ってそのまま帰りました……!」 俺達の数メートル先の、店の正面入口から少し外れた場所で、湯川さんと澤田さんが向き合っている。 華奢な湯川さんが肩幅の広い澤田さんと向き合っていると、その華奢さが余計に際立った。 「貴女が嘘を言ってない事はわかります。 ーーーでも貴女の車が大学の駐車場から出された履歴は無かった。 貴女は本当にーーー津田教授を大学に送り届けてから、んですか?」 澤田さんは落ち着いた様子で、湯川さんに質問をしている。 「だからそれもーーー…言ったじゃないですか…! 私があのあと具合が悪くなって…帰りの車は夫が運転してくれた…私はそのまま歩いて家まで帰った…って!」 湯川さんは何度も同じことを聞かれているのか、うんざりした様子で説明する。 「色んな人に確認しましたが…貴女は職場を体調不良で早退したりした事はないそうじゃ無いですか。 ーーーその貴女がその日たまたま、具合が悪くなるというのはーーー少し不自然じゃないかなと思うんですけどーーー」 澤田さんは表情を変えない。 それに反して湯川さんは、またかと言う質問に嫌気がさしているのか、だんだん泣きそうな顔になる。 「体調なんて予測できないじゃ無いですか… ーーー私はその日たまたま本当に具合が悪くなったんです…! 刑事さんはどうしてーーー…私を疑うんですか…私は夫の……妻なのに……!」 湯川さんが振り絞って出しているであろう細い声が、小さく震え始める。 湯川さんと澤田さんが話している様子ーーーそれはまるで大きい鷹を前に、小さな兎が必死に抵抗している様だった。 「それはですねーーーー」 澤田さんは胸ポケットから、一枚の紙を取り出した。 俺も要も身を乗り出したが、俺らの位置から紙に書かれたものが何であるかは確認できない。
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