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「あ、待って葛西くん」
「ーーーッ!!?」
不意に近づいてきた湯川さんの手に驚きながら俺は固まって息を止める。
湯川さんは俺の頭の上に手を伸ばし、何かを掴んだ。
「……葉っぱ!
…すっごいイイ位置に付いてた…!」
湯川さんは俺の頭から落ち葉を取り、その落ち葉を指で挟んで俺の前に持ってきて、にっこりと微笑んだ。
急に近づかれ、ドキドキしてしまった自分を恥ずかしく思う。
「…あ…ありがとうございまーーーー」
「美緒」
自分の声と被る様に聞こえた渋めの低い声に、俺は一瞬動けなくなり、瞬きをせずにその声の方に顔を向けた。
俺が何度か聞いた事のある、この特徴的な声。
「慎さん…」
湯川さんの口から発せられた言葉に、俺はとうとう固まった。
まことさん……という事はーーーー
「…俺の可愛い生徒をたぶらかさないでくれる?
ーーー葛西めっちゃカチカチだけど」
俺と湯川さんの数メートル先に立つ男性は揶揄う様な笑みを湯川さんに向けて言った。
「やめてよ慎さん…!
…こんなおばさんと並んで歩いて、ドキドキも何もないよね」
湯川さんに言われた俺はなんと言えばいいかわからず「いやぁ…」と困った様な声を出して、またしても後頭部の髪を触ってしまう。
「ほら、葛西くん困ってるもん…
…てか慎さん…葛西くんの事知ってたんだね」
慎さんと言われた津田先生は先ほどの揶揄う様な笑みを崩さず、湯川さんに視線を向けた。
「たまにだけど授業受け持つ事があってな…
…葛西は良い子だから、覚えてるよ」
そう言った津田先生と目が合い、俺は「ありがとうございます」と告げて頭を下げた。
「そうだったんだ…。
でも葛西くん、バイト先でもすごく頑張ってくれてるから、印象に残るの分かる気がする」
湯川さんは俺を見て微笑む。
津田先生も「だろ」と俺と湯川さんを交互に見て微笑んだ。
「あ…!はい、慎さん携帯。
無いと色々と困ると思って」
湯川さんから携帯を手渡された津田先生は、「気づかなかった」と笑いながら携帯を手に取る。
「もう!」と怒ってみせる湯川さんを見つめながら、俺はこの2人が、本当に夫婦なんだとやっと理解し始める。
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