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津田先生が亡くなってから、1ヶ月半が経過した。 湯川さんは3週間ほど前からエッジハウスでの仕事に復帰し、いつも通りに働いている。 テレビでも津田先生の事件は日が経つにつれて放送されなくなり、生徒達も津田先生の代わりに誰かが毎回講義を行う事にも慣れたのか、大学はいつもの平穏さをすっかり取り戻しつつあった。 澤田さんはあの後何度か大学で見かけたけれど、俺ら以外の他の工学部の生徒や先輩と話しているのを見かけたくらいで、直接話をする事は無かった。 「ーーー失礼します…!こんにちは…」 スタッフ専用口から休憩室に入った俺は山本さんに挨拶をして、辺りを見回した。 あれーーーーーー? 「こんにちは」 山本さんは休憩室でカフェラテを飲んでいる。 俺は自分が感じた疑問を山本さんに尋ねる。 「あれーーー…要って今…休憩じゃなかったでしたっけ?」 俺の言葉を聞いた山本さんは顔を上げ、驚いた顔をした。 「流石葛西…!頭良い!!! 今日のシフト表…紺田のまで覚えてたのね…! でも紺田なら今いないの。病院行ってて」 「病院?」 俺は休憩室のテーブルに一旦リュックサックを下ろしながら聞き返す。 中には今日、要に貸すはずだったノートが入っている。 「うん。ーーー美緒がさ、オープンして少ししてからホールで倒れちゃったらしくてーーー… 一緒に居たの紺田だったのと…私まだ出勤してなくて付き添えるスタッフ他に居なくてーーー 急遽紺田に付き添ってもらっちゃったんだって。 ーーーそれで私は早く出てきて、今休憩してるってわけ」 山本さんは言い終えてから、体の動きを止めて一時停止したかの様な俺を見て笑う。 「何その顔…! ーーーもしかして…紺田にヤキモチ妬いてる…?」 「いえーーー…湯川さん…大丈夫かなって…」 俺はそう言って、山本さんが言った通り、要に感じた若干の羨ましさを誤魔化す。 津田先生の妻でーーー今は未亡人となった湯川さんと要が2人きりで病院に行った事に、俺は軽い嫉妬心の様なものを感じた。 ーーー別に俺が湯川さんと仮に2人きりになったとして、どうなるものでも無いし、湯川さんは俺がただ一方的に、憧れてるだけでーーー ーーー本当に付き合いたいとか、結婚したいとかーーーそんなふうに思ってるわけでは全く無いのだけど…… 要が湯川さんと2人きりの時間を共有している事を羨ましく思ってしまった。 「どこかが悪いってわけでは無いだろうけどーーー疲れてたんだろうね…。 無理はしてると思うよ… 津田先生亡くしてーーー …まだ1ヶ月ちょっとなのにいつも通り働いて笑ってーーーー 本当なら休職したっていいくらいなのにーーー」 俺も山本さんの言葉に同意して頷いた。 そうだよな。 夫を亡くしたーーーしかも誰かに殺されるという方法で最愛の夫を奪われた湯川さんの心労は計り知れない。 湯川さんはお客さんの前でも、俺らスタッフの前でも笑顔だったけど、最近ふとした表情が悲しそうな時がよくあった。 もしかしたら俺らの想像以上に、津田先生の死は湯川さんの心身を蝕んでいるのかも知れない。
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