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「要、ノート、今渡す」
俺が言うと要は顔を上げた。
明るい色の柔らかい茶髪に相反して、要の目は瞳が黒くてまつ毛が多く、そのコントラストが俺はなんだか好きだった。
「あーーーありがと…忘れてた…」
「忘れない…!」
要は山本さんに突っ込まれ、困った様に小さく頭を下げた。
忘れてたってなんだ…!
折角持ってきたのに…!
「美緒どんな感じだった?
貧血ーーーってか精神的なのもあると思うけどーーー明日から来れそうーーー?
もしアレならーーー休んでもいいって、私からラインはしてるけどーーー」
山本さんに言われた要は俺から受け取ったノートを自分のロッカーの鞄に入れつつ、振り返った。
「あーーー…どうなんでしょう……
ーーー病院で休んでから帰ってきたんですけど……
結構具合悪そうな感じでーーーー会社には少し家で休んで様子見てからーーー
ーーー夕方には明日出勤できそうかできなそうか連絡するっては言ってましたよ」
要の言葉に山本さんは飲み干したカフェオレのコップを洗いながら「そっか…そうだよね」と呟いた。
確かに無理して出勤して、また倒れても大変だ。
俺は貧血になった事は無いから分からないけれどーーー俺の母親も貧血で月に1度病院に通っていた。
母親が言うには、気持ち悪いし、眩暈もするしで、結構苦しいものらしく、布団に入ってずっと寝ていなければいけない日もあるらしかった。
「あ、葛西コレーーー…
ーーー病院で買ったんだけど、食べなかったからーーー」
要はおもむろにリュックサックから袋に入ったそれを、俺の目の前に差し出した。
俺は何気なくそれを受け取り視線を下に向ける。
『パリッと!朝食ソーセージパン!』
と、ソーセージのキャラクターがついた昔ながらのソーセージパンが手の中にある。
「いいの?要は?
ーーーー食べないの?」
俺が聞くと要はロッカーの鍵を閉めながら答えた。
「病院長くかかるから腹減ると思ってさーー」パン買いすぎちゃってーーー
俺はもう違うパン2つ食べてるから、それやるよ」
そう言って要は俺の後ろに抜けて、出退勤を入力するシステムが入ってるパソコンへ向かう。
「ーーーーーー要…?」
「ーーーーん?」
「ーーーーー…なんでもない……」
「ーーーー?ーーーそう?」
パソコンに向かう要に感じた確かな違和感。
でも俺はそれを、問う事ができなかった。
『…一緒に居たの紺田だったのと…私まだ出勤してなくて付き添えるスタッフ他に居なくてーーー
急遽紺田に付き添ってもらっちゃったんだ』
山本さんの言葉が蘇る。
山本さんは気づかないんだろうか。
気づいても、一緒にいたからとなんとも思わないんだろうか。
要は湯川さんの病院に付き添っただけなはずだーーーーなのにーーーー
要から感じた、柑橘系のーーーレモンの様な香ーーーーそれは紛れもなく湯川さんと同じ香りだった。
俺はパソコンに向かう要の背中を見つめたまま、しばらく動けなかった。
先程より色濃く湧き上がるこのモヤモヤした感情。
それが嫉妬心だと気付き、思い知るーーーー俺は要に、嫉妬してるーーー…
湯川さんと一緒に車に乗って病院に行って、湯川さんの家に上がった要を羨ましく、妬ましく思ってしまう自分ーーーー…
それは間違いなく、俺が湯川さんを女性として見ておりーーー尚且つ恋愛対象として好意を抱いている事の証明だった。
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