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「要……! …ーーーー昼メシ、一緒に食べて帰らない?」 俺は自分の私情を追いやり、要に声をかけた。 振り返った要に、俺は駆け寄る。 俺の勘違いかもしれないーーーたかが要から湯川さんと同じ香りがしただけでーーー今までずっと仲良くしていた要に壁を作るのが良い事とは思えなかった。 俺は要の返事を内心ドキドキしながら待つ。 要はオレンジとネイビーのチェックシャツの上に、淡いベージュのセーターを着ている。 要には秋の色合いがーーーなんだか似合う。 「あーー…!…葛西も昼までか…! ーーーーでもごめん…! ……俺この後予定あってさ… 友達に買い物付き合ってって言われちゃってーーーーー また今度な……!」 要は申し訳ない顔を浮かべ「また今度な」のところで右手を挙げて笑顔を作った。 その仕草は紛れもなく、いつもの要だった。 「そっか…じゃ!また今度な! ーーー駅前にできたラーメン、食べに行こうぜ!」 俺もなるべくいつも通りに右手を上げて、要を見送る格好を取る。 「おう…!ーーー…約束な!」 要は挙げた右手をそのままひらひらと振り、玄関から出て行った。 やっぱりいつもと何も変わらない、俺がよく知るいつもの要。 要はいつも通り俺に接してくれているのにーーー俺はなんだかこんな些細な事で要を避けてーーーー 挙句要に昼メシを食べるのを断られて、内心ホッとしている自分もいてーーーー俺は自分の器の小ささを思い知らされる。 「ーーーーー…ちっちゃ…自分……」 小さい声で呟き、俺は要の背中から視線を逸らした。 あの日ーーーー要から感じた湯川さんの香りは俺の気のせいだったんだろうか。 もしくは本当に、貧血でふらつく湯川さんを要が支えたりした為にーーー 湯川さんの香りがーーー要にもついただけなんだろうか。 湯川さんからはいつも、甘いけれど少し苦くて深みのあるーーーー柑橘系のレモンの様な香りがして、俺はそれが入社した時から気になっていた。 おそらくーーー入浴剤か、シャンプーか…部屋の匂いなのか分からないが、香水でない事は確かだった。 湯川さんは以前『夫が香水を嫌い』である事を山本さんに話していたからだ。 要はどうなんだろうーーー俺よりずっと長く…高校の頃からエッジハウスでアルバイトをしてるけど……… 湯川さんの香りにーーーー気付いてるんだろうかーーー… そこでまた要と湯川さんの事を考えて、また胸の中にモヤモヤが湧き上がってくる。 要はあの日以来、こうやって何度話しても不自然な様子は無い。 あの日からずっと、今の今まで変わらず、やっぱりだ。 俺はハァと小さく溜息をつき、このまま帰ろうかと視線を何気なく廊下に向けた。 見覚えのあるシルエットが、俺の方に向かって歩いてくる。
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