プロローグ

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「葛西」 「…!…はい!」 「講義寝るなよ。 青木(あおき)は俺と違って、厳しいから」 「……がんばります!!!」 俺は何故か右手で小さいガッツポーズを作り答える。 津田先生はそれを見て笑って、自分も右手でガッツポーズを作って見せた。 目尻にできたシワが、本来ダンディな津田先生を優しげに見せているよねと、誰かが話していた。 「頑張ってね」 湯川さんにも微笑まれ、俺は「ありがとうございます」と告げて軽く頭を下げた。 「美緒、昼食べた?」 「ううん。まだ」 「一緒に食べよ。俺もまだだから」 「うん。何食べたい?」 俺は話している津田先生と湯川さんに会釈をしながらその場を離れ、大学の別館へと足を踏み入れる。 俺は靴を履き替え、いそいそと講義が行われる教室へと向かう。 青木先生の講義に遅刻したらーーー大目玉を喰らうどころでは済まされないーーーー 俺より30分だけ早くバイトを切り上げ、大学へ向かった(よう)も遅刻せずに来るだろうか。 青木先生の講義の前はいつもこんな風に友人の要の事を心配する。 なのに、今の俺は津田先生と湯川さんの事で頭がいっぱいだった。 湯川さんは今年で32歳ーーーー津田先生の年齢ははっきりと聞いた事は無いがーーー50代前半である事は確かだった。 津田先生が湯川さんとーーーーー いやらしい、よからぬ妄想が頭の中を駆け巡り、俺はそれをすぐ様かき消す。 結婚してるって事はそりゃーーーそういう事もするわけですよねーーーーとかそんな下世話な事ばかりさっきから浮かんでくるから困る。 湯川さんが結婚していたとは知っていた。 でもその相手が、俺よりずっと歳上のーーー 自分とはあまりにかけ離れたタイプである津田先生であった事が、俺には少なからずショックであり、衝撃的だった。 「ーーーーーー」 集中しなければと、席についた俺は深呼吸をした。 もしかしたら知らないのは俺だけで…要は知ってるんだろうか。 湯川さんと津田先生が夫婦である事。 「ーーー静かにーーー。 ーーー講義をーー始めますーーー」 冷たい、よく通る声が耳に届く。 俺は背筋を伸ばし、姿勢を整える。 気づけば黒縁メガネに、真っ黒い髪、抜ける様な青白い肌の青木先生が、教卓の前に立っていた。
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