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「ーーーー…見えません……」
俺が答えると先生は「でしょ」と目を逸らす。
「伊賀ってーーー…いつも親しげに声をかけてはくれてたんだけど…
ーーー心の奥底では俺をライバル視してそうで…あんまり得意じゃなかったよ」
得意じゃない。
その言い方が、牛丼の話と同様なんだか意外だった。
嫌いでは無くて、うざいでも無くて、得意じゃないーーー。
先生はもしかしたら、俺ら生徒が思っているようにーーーーサイコパスでもマッドサイエンティストでも無くてーーーきちんと人間らしい、普通の男性なのかもしれない。
「ーーー湯川さんと…
…なんで別れちゃったんですか?」
赤信号で足を止めたと同時に俺が放った突然の質問に、先生は再び俺の方に顔を向けた。
「ーーー葛西君…俺に今なら何聞いてもいいと思ってるでしょ……」
困ったように、呆れたように少しだけ微笑んでくれた先生に、俺は「すみません」と小さく頭を傾けた。
信号が青になるまで、まだしばらくかかる。
「振られたんだよーーーそれで別れた。
俺とは付き合ってても頻繁に会えないし、連絡も取れないーーー
澪は平気でも、私はそれで平気じゃないの…
澪はそれでも良いって…無理せずに言ってくれる女の子と付き合った方がいいと思うーーーー
ってね。
ーーーーそれであっちは、津田先生と付き合ったってわけ」
全然は淡々とそう説明をして、何気なく視線を下に落とした。
その視線はなんとなく寂しげで、俺は先生は湯川さんの事をーーーー本当に好きだったんだろうなと勝手にそう解釈した。
「ーーーショックでしたか?」
「まぁーーーそれなりにねーーーー」
それなりに。
それはなんとも、先生らしい返答だった。
俺らの足を止めていた信号は赤から青へと変わり、俺と先生はどちらともなく歩き出して横断歩道を渡った。
女性経験が皆無の俺は、振られた事も当然無いから分からないがーーー付き合ってる人に振られると言うのは、俺が湯川さんと津田先生が付き合ってたと知るより、はるかにショックな筈だ。
「俺一個の事に集中しちゃうとさーーーもう一個の事が出来なくなるんだーーーー
だから研究に没頭したらーーー家も散らかりっぱなしだし、食事なんて忘れるしーーー…友達とも親ともーーー恋人にだって連絡しなくなるーーーー
それをあっちが理解してくれているだろうと胡座をかいてたからーーー自業自得なんだけどねーーー」
俺はそこまで聞いて、ふと要の事を思い出した。
「あんまり一個の事に熱心だと何か失うぞ」
要はいつだか、青木先生に憧れてると言った俺にそう告げた。
あれはーーー偶然だろうけどーーー
ーーーこういう事を指す言葉なんだろうか。
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