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「俺もーーー同じタイプかもしれませんーーー…
あんまり…器用じゃなくてーーーー」
「そう見える」と先生は返事をして、落ちてきたメガネを、中指で押し上げる。
「ーーーー津田先生はーーーマメだったしーーー優しいしーーー俺と付き合うよりは、美緒は寂しくなかったと思うよ」
先生は俺と合った視線をさりげなく逸らして、目の前の杉屋の暖簾を見つめた。
先生の黒縁メガネは、本心を隠す為にあるんじゃないかと、俺はふと考える。
「やり直したいとかーーー思いませんか?」
杉屋の暖簾の真ん前まで来て、俺は先生にそう尋ねた。
この人が本音を言わない事は、分かっているのに、それでもどうしても、聞いてみたくなった。
「…何をーーーー?」
とぼけて見せられ、俺は先生の目を見て息を吸い込んだ。
「湯川さんとーーー
ーーーやり直したいとかーーー
ーーー思わないんですかーーーー?」
先生は声を出さずに笑った。
「何を馬鹿な事を」とでも言うような、いつもなら人を小馬鹿にしているように生徒達から捉えられる、この微笑み。
今の俺には、そんな風には見えないけれど。
「ーーーー俺昔のままだから…どうせまたフラれるよーーーー…
入ろっか。ーーー何食べたい?」
話題を切り替えるようにそう尋ねられ、俺はもう湯川さんの事を先生に尋ねられなくなってしまったなと思った。
澤田さんに問い詰められた時の湯川さんはーーー青木先生とは別れてから一度も話していないと言っていた。
でも俺にはそれが今、猛烈に嘘っぽく思えてならなかった。
湯川さんと先生はもしかしたらーーー別れた後もどこかで、こっそりと会っていたのではないだろうかとーーーそんな事まで考えてしまう。
先生が話す湯川さんの話は、何故かどうしても、全てが過去のものであるとは思えなかった。
先生の言葉の裏に感じる、湯川さんの温度の様なものが、俺に何故か、何の根拠も無いのに、そう思わせるのだ。
「ーーーたっぷりチーズ牛丼にしようかな…
昔はよくコレにしたんだーーー葛西君に昔の話したから、食べたくなったよ」
昔の話ーーーーの所で、先生は笑って券売機のボタンを押した。
その横顔にメガネを外せば、先生はイメージよりもかなり優しい顔をしているのではと考える。
「ーーーーなに?そんな見て…」
少し警戒するような瞳。
俺は先生を見つめていた理由を問われ、咄嗟にその理由を探す。
「いやーーー湯川さんも食べるのかな…って」
「美緒?」
先生は千円札を入れながら聞き返した。
どうやら先生は、俺に牛丼をご馳走してくれるらしい。
「美緒もいっつもチーズ牛丼だったよーー
アイツ意外に油っぽいもの好きでーーー
ーーー昔はよく大盛りで買って…2人で分けて食べたんだ…
美緒量はあんまり食べないからーーー
…甘いものも油っぽいものもーーー大好きなくせに……」
説明する先生に、俺は「ご馳走様です」とお礼を言ってから、チーズ牛丼のボタンを押した。
先生から湯川さんの話を聞いても、津田先生や要の時の様に、嫉妬心というかーーー自分でも嫌になるモヤモヤした気持ちが湧き上がらないのが不思議だった。
「ーーーー言っておくけど……
………惚気とかじゃ無いから…」
「え???」
なんとなく照れ臭そうに弁解する先生を見て、俺は自分の「ご馳走様です」の意味が先生には違う意味に捉えられた事に気づく。
俺はそれがおかしく、思わず吹き出して口に手を当てた。
最初に感じた気まずさはーーーいつの間にかどこかへ行ってしまったらしかった。
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