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目が覚めると、私は1人だった。 いつもの事だ。 眠る時は一緒でも 目を覚ますと彼はいつも私の前からいなくなっている。 コレがいけない事だとーーー 危険で、許されない事だと言ったのにーーーー それでも良いと言った彼に甘えて こういう生活を続けてーーー もうどれくらいになるだろう。 インターホンを押してやってくる彼と少しだけ雑談をして、食事を取れる時は食事をして、もちろん、別々にお風呂に入ってーーーー そうしてから、一緒のベットで眠る。 あの人に怯える私の為に、彼はそうしてくれる。 優しい彼は私が朝起きると、絶対に私の前から姿を消している。 それは彼を拒む私に、彼が提示した、条件の1つだった。 私は昨日の最後、眠りに落ちる直前まで見つめていた彼の輪郭を、瞳を閉じて、記憶の中でなぞる。 細身だけど、女性の私とは違う、広い背中。 後ろの骨が少しだけ出ている細い首に、前側にある、ちゃんと主張してくる喉仏。 ピアノが弾けそうな、綺麗な手。 柔らかそうな髪の毛のシルエットまで、ちゃんとなぞる。 そうしてから、悪い私は彼の代わりに自分の上にかけた毛布をぎゅうと抱きしめる。 触れたらいけないし。 触れられないし。 触れたら彼を困らせるだけだし。 何より自分が自分を嫌いになってしまうから。 私は決して彼に触れないし、彼も何よりそれを理解している。 「憧れは理解から、最も遠い感情だよ」 コレは私の、好きな漫画に出てくる台詞。 私は今も昔もこの言葉程、その意味を思い知らされた言葉は無い。 人は他人に見せている顔と 別の一面を持っている。 私達はその他人に見せている面を見て誰かを愛し 別の一面を見た時に驚き、時としてそれに苦しむ。 side effects(サイド・エフェクト) 彼が研究する分野において、そう呼ばれる副作用ーーー 私の苦しみは、それに少し似ている。 あの人はーーー紳士の皮を被った悪魔だった。 私を愛してる事を理由に 傷つけて 縛り付けて 私の全部を欲しがって 宝物の私を誰にも触れさせないと ショーケースという牢獄に入れたがった。 私はあの人が怖かった。 私はあの人の人形だったから。 あの人に歯向かう事は許されない。 意見する事すら躊躇われ、 あの人は私があくまで 『若くて美しいお人形さん』 である事を要求した。 あの刑事さんーーー澤田さんが言っていた。 私を「マドンナ」だと。 まさか。 本当に「マドンナ」だったら side effects(サイド・エフェクト)ーーー 副作用に苦しんだりは、きっとしない。 私は彼がいた筈のベットの横にそっと手を置いた。 ベットは冷たくて、彼がだいぶ前にここから出て行った事を私に教えてくれる。 私はベットからゆっくりと起き、すぐ横にある窓のカーテンを開けた。 今日は久々に、家から出なければならない。 雲一つ無い晴天で、空気がキリッと澄んでいるーーーー そんな12月の朝だった。
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