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「好きなんです」
はっきりと告げられたその言葉を、私はもう一度頭の中で繰り返した。
そして考える、さらに狭まる紺田君の腕の中で、私は何と言えば、彼を傷つけずに、彼の好意を拒む事が出来るのかと。
「ーーー湯川さんと一緒にいたくてーーー少しでも…湯川さんの力になりたくてーーー…
だから……あの日嘘をつきましたーーー
ーーー俺じゃダメですかーーー…?
湯川さんとこの先一緒に生きていくのがーーー俺じゃ…ダメですかーーーー…?」
紺田君の声を聞きながら、私は紺田君の言ったあの日の事を思い出していた。
私がエッジハウスで倒れてーーー紺田君との生活が始まったあの日の事ーーーー
ーーーーーーーーーー
「湯川さん…!?…大丈夫!?!?」
自分が持っていた食器が割れる音と、店長の涼子さんの声で、私は自分が倒れてしまった事に気がついた。
倒れたと言っても直ぐに意識は戻って、私は無理矢理体を起こそうとした。
「大丈夫…です……すみません…お皿が……」
頭を上げると、なんとも言えない吐き気が込み上げてきて、私は思わず胃の辺りを手でぎゅっと掴んだ。
「いいのいいの…!
大丈夫…!?……休憩室行こ……!」
私は涼子さんに連れられ、休憩室までなんとか歩いて行った。
休憩室の奥にある資材室の椅子に腰掛け、私は吐き気を堪える。
気持ち悪いーーーーあの人に似た後ろ姿の男性を見た瞬間ーーー冷や汗が一気に吹き出してーーーーこうなってしまうなんて思いもしなかった。
「ーーー…大丈夫…っすか?」
私と涼子さんのいる資材室を軽くノックし、遠慮がちに声をかけてきたのが出勤したばかりの紺田君だった。
「大丈夫じゃなさそうーーーー…
…湯川さん…今日はもう帰って……病院行けたら行ってきてくれないかな…?
ーーー頭とか…打ってたら心配だし………
私抜けるわけに行かないからーーー紺田!
今日車で来てる?ーーー来てるなら湯川さんをーーー病院までお願いしたいんだけどーーー」
言いかけた涼子さんを私は慌てて引き止める。
病院はダメだーーーー。
「あの…大丈夫です……!
少し休んでーーー自分の車で行けます…!」
正直、誰かに運転してもらえるならそうしてもらいたい。
指先も軽く痺れてるし、足先だってそうだ。
でも誰かと病院なんてーーーー今の私にはとんでもない話だった。
「でも……顔真っ青よ……!
ーーーなんかあってからじゃ遅いし…ましてーーーー」
涼子さんはあの人の事件を口にしようとして、咄嗟にその言葉を引っ込める。
嫌な沈黙が流れようとした、その時だった。
「いいっすよ。…行きましょ、俺の車で。
ーーーー車、前に移動させてきますね」
紺田君はさっき脱いだばかりのアウターから車の鍵を取り出し、店を出ていく。
断ろうとしたのに、貧血のような吐き気と浮遊感が、喋ることすら億劫にさせる。
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