7

8/8

178人が本棚に入れています
本棚に追加
/97ページ
「ーーー本当にいいの?」 パジャマに着替えた私は紺田君の背中に声をかける。 不覚にも、少なからず、緊張している自分。 「いいですよーーー湯川さん寝れないと…心配なんでーーーー 俺はショートスリーパーだから、大丈夫です」 私の眠りを妨げないつもりなのか、いつもより落ち着いた声でそう言われる。 私はお礼を言って、寝室の電気を消した。 暗闇に目が慣れてきて、私の視力は紺田君の背中の輪郭を捉え始める。 そうして思い出す。 昔よくこうやってーーー ーーーー彼の輪郭を見つめていた事。 紺田君よりもっと細くて薄いーーー暗闇に浮かびあがる白い背中にーーーそっと触れるだけで安心できた事ーーー ーーーーーーーーーー 「湯川さん」 紺田君の声に、現実に引き戻される。 気づけば私は紺田君に、ぎゅうと抱きしめられている。 抵抗したいのにーーー自分の中に発生している生命を思うと、それすら躊躇われる。 「ーーー湯川さんの子供がーーーー ……誰の子供でも構いません……湯川さんが俺を好きになれないならせめてーーーー ……もう少しだけーーー…一緒にいたいんです… ーーー…湯川さん俺の前から…居なくなろうとしてますよね? 山本さんと店長が話してるの聞きましたーーー湯川さんがーーーエッジハウスを辞めるって」 私はまさか知られていたとは思わずに、慌てて紺田君に訂正した。 「違うよーーー! …どのみち…こんな状態じゃ働けないし…迷惑かけるだけだからーーー…って思ったからでーーーーー 紺田君を避けようとしたわけじゃないの……! ーーーーだけどーーー… ーーーーだけどやっぱり…こういうのはダメだと思う……! 私はきっと紺田君をーーーーー」 「悲しませる、ですか?」 後ろから聞こえた、低くて、ハリのある声。 その瞬間、私を抱きしめていた紺田君の身体も、一気に緊張する。 研究室の奥にある、小さな資材室。 いつからそこにいたのだろう。 もしかしたら今日、私があの人の荷物を取りに来ることを知っていてーーーーこの男性はここの資材室に身を潜めていたと言うのか。 「ーーーー君達がそういう間柄だったとはね… 予想もしなかったよーーーー 葛西君や、山本さんにも言えないーーー秘密の関係ってやつかい?」 私は思わず後退ろうとした。 その私の体に、紺田君はまだ手を回したままだ。 「……盗み聞きっすか…… ……イイ趣味してますね」 紺田君は苦笑したように吐き捨てた。 「君だってしてただろ? ーーー俺はそれに刑事だから… …真っ当な理由があるんだよーーーー」 澤田さんは笑顔を保ちつつ、はっきりとそう言い返す。 そして澤田さんはあの日私にそうしたように、再びポケットから白い紙を取り出し、私の前でその紙を開いた。 「湯川美緒さんーーーー貴女をーーー …津田先生の殺害容疑で逮捕するーーーー」 私はその瞬間、息をしていなかった。 こうなるかもしれないと思っていたし、こうなって当然だとも思えた。 「ーーー雨谷明の白衣を借りたのはーーー貴女ですねーーーー」 私は返事をしなかった。 気づかれてしまったかと、ただそう思った。 白衣なんて何枚もあるからーーーーバレないと思っていたのにーーーー。 「湯川さんーーーー」 紺田君が私の名前を呼んだ。 紺田君の表情は、まるで私がこうなる事を、覚悟していたかのようだった。 「紺田君……ごめんね……」 私は何故か少しだけ微笑んだ。 それ以外にどうすればいいか、今は分からなかったから。
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

178人が本棚に入れています
本棚に追加