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バイトが初めてで右も左も分からない俺に、いつも優しく接してくれーーー俺がクレーマーから詰め寄られた時は庇ってくれた湯川さんがそんな事するもんか。 いつもは不真面目でヘラヘラしているけれどーーー俺がクラスのヤツらから嫌味や理不尽な事を言われた時はいつも本気で怒ってくれた要がそんな事するもんか。 要と湯川さんがーーーー仮に愛し合って付き合ってるなら……それでも良いーーーー… 悔しいけれどーーーそれは湯川さんが要に惹かれ、津田先生の妻であっても要を好きになってしまったということだからーーー俺がどうこう言ったり、口出ししたりできる話じゃないーーーー でもーーーー2人に限ってーーーー…絶対自分達の利益だけ考えて津田先生を殺したりはしないーーーー 「ーーー…君…?ーーー葛西君…! ーーーー……俺の声…聞こえてる…?」 電話口から聞こえてきた声に、俺は我に返った。 要と湯川さんの事を考えーーー気持ちが切羽詰まっていっぱいいっぱいになってーーー青木先生の声が聞こえていなかった。 「…ごめん…確認なんだけどーーー… それはーーー………紺田君が犯人だと思われてるって事?」 電話の奥で、先生は淡々と俺に聞き返した。 「はい」と返事をして、俺は話を続ける。 「ーーー澤田さんからメールが来たんです… 要と湯川さんをーーー ーー逮捕する事になってすまないーーーってーーー 犯人逮捕の為にーーーこれから大学に行くってーーーーメールが来ててーーー…」 先生が、息を呑む気配がした。 湯川さんーーーの名前に、先生は何を思っているのだろう。 「ーーーー…そういう事かーーーー…」 「ーーーーーえ…?」 先生の呟きに、思わず俺は聞き返した。 そういうことか…って…どういうーーーー 「葛西君ーーーー今どこ……?」 突然聞かれ、俺は思わず周りの建物を見渡した。 「ーーーーえっとーーー…桃野百貨店の…辺りでーーー… ……今から…大学に戻ろうと思ってますーーー!」 俺が答えると、先生は細く長く息を吐いた。 「そっかーーー俺も今から…大学に向かうよーーー… 葛西君ーーー…紺田君と美緒の事ーーーー ……教えてくれてありがとうーーーー… ……あとーーー……安心して……紺田君は…大丈夫……逮捕なんて……されないからーーー」 プツリと電話が切れ、俺が声を発する前にツーツーツーという機械音が響く。 携帯電話を持つ手が震え、俺は走るのをやめた。 嫌な予感が腹の底から湧き上がってきてーーーその想像は要と湯川さんの無実へ繋がるというのに、俺の今さっきの行動を後悔させる。 どちらに転んでもーーーー誰かが傷つく事を避けられないーーーー 考えられる可能性はーーーどれも残酷だった。 俺はどうすればいいか分からず、僅か1ヶ月ほど前に青木先生と入った杉屋の前で、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
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