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「あの人は嫌がる私をーーー嫌がっているのに大人しくしている私を見るのが好きなんですッ……!
家の中でもワザと窓を開けてーーー「お仕置き」の時は私が声を出せないようにしてからーーー
力ずくでそうするんですーーーー…!
ーーー私…ーーーー本当に嫌でーーーー!」
私は感情的になる。
思い出したくも無い。
あの人のーーー楽しそうな顔や息遣いーーーーー
「ーーーーもういいですよ湯川さんーーー…
ーーー…俺そこから先の話はーーー
ーーー…あんまり聞きたく無いやーーーー…」
紺田君はいつの間に私の横にいたのか、震える私の背中にそっと手を添えてくれる。
紺田君の優しさは、ずるい。
私もずるいのだけれど、紺田君の優しさというか、年下なのに私よりずっと上まわる包容力に、つい甘えてしまいそうになる。
私の心の隙間に忍び込むように入ってくる、この子の体温がーーーあの人の亡霊に怯える私を何度助けてくれたことかーーーー
「ーーーーごめん…なさいーーー…
澤田さんがおっしゃったようにーーーー私はーーーーあの人を殺してーーーーその遺体をあの人の車で運びましたーーーー
自分の力では埋める事も隠す事もできなくてーーーーあの雑木林にそのまま遺棄しましたーーーーーー
ーーーー犯人は私ですーーーー
でもーーー紺田君はーーー紺田君は本当にーーーー私があの人を殺したのを知らなければ協力もしてないーーーー
ーーーまして私が犯人だって知ってーーー匿っていてくれたわけでは無いんです……
紺田君はあの人の亡霊に怯える私を助ける為にーーーあの家で今日まで私と過ごしてくれたーーーーそれだけですーーーー」
紺田君の手が支えてくれなければ、私は今立っていられないかも知れない。
そう思ってしまうくらいーーー自分の足は頼りない。
それでもお腹の中に子供がいるという事実と、紺田君のおかげで、なんとか立っている。
私は紺田君に背中を支えられたまま澤田さんの前に両手を差し出す。
澤田さんは頷き、持っていた手錠を開いた。
コレで、終わりーーーーーー
「ーーーーだ、そうだよ。
ーーーー異論はあります…?
ーーーー青木ーーー澪先生」
私は目を見開き固まった。
今ーーーーなんて言ったのーーーーー?
それを確かめる前に、先ほど澤田さんが現れた、研究室の奥にある小さな資材室に明かりが灯る。
目を疑った。
それと同時に「どうしてここに居るの」と叫びたくなる。
「ーー青木先生ーーー?
ーーーーそれにーーー…葛西ーーーーー?」
私の代わりに、紺田君がその名前を呟く。
黒縁メガネに黒いパーマヘアは、私が学生の頃から変わっていない。
白衣を羽織った、少しだけ猫背なところも、ポケットに手を突っ込んでしまう、悪い癖も、変わらずにーーーーー
目の前の人間が間違いなく、紛れも無く青木澪である事を教えてくれる。
「ーーー異論だらけですよーーー…
ーーーー本っっ当に……昔っから………
ーーーーおとなしい顔して……頑固でーーー…直ぐ突っ走るーーー
…挙句強引でーーー振り回してくれるんだからーーーーー」
私は気づく。
この人にーーーこの人にだけはこの場に居ないで欲しいのに、来てくれた事を嬉しいと思ってしまう自分に。
紺田君よりーーー私の方が何倍もーーーーズルい人間なのかも知れない。
「ーーーーあの男を殺したのは俺です…
今からーーーー全てお話ししますーーー」
まるで講義を行うかのように、彼は落ち着いた声でそう言ってのけた。
私は歯止めをかける事が出来るだろうか。
あの日からーーーーずっと殺して生きているこの気持ちに。
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