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本当にらしくない事になってしまったーーー
ーーーできるなら彼女に会う前に、時間を戻してしまいたくなる。
「な、どれが良いと思う?」
伊賀は先ほど腕に掛けていたビニール袋から中身を取り出し、彼女の前でそのカタログらしき物をペラペラと捲った。
彼女はクラムチャウダーを掬ったスプーンをカップの中に入れ、身を乗り出した。
「あ、母の日!?
ーーーやっぱ翔也お母さん思いだね」
彼女は伊賀が目の前に広げたギフトカタログを、一度目次まで戻し、気になるもののページの所を手で捲った。
彼女の指は細く、先の方に小さいピンク色の爪が、ちょこんと乗っている。
「離婚してから女手一つで育ててもらって、大学にも行かせて貰ってるからさーーー
ーーーこれくらいしないと」
伊賀はそういうと、彼女と同じように視線をカタログに落とした。
女手一つ……という言葉が意外で、俺はしばしの間彼女ではなく、伊賀をぼんやりと見つめてしまった。
あの完璧なーーー…俳優というか…ドラマの中に出てくるような…華やかな雰囲気の伊賀が母子家庭で育ったと言うのはなんだか意外に感じられた。
もしかしたら伊賀は人に見せないだけでーーー小さい頃なんかはそれなりに苦労したのかもしれないーーーー
俺なんて母の日なんていつもその辺で売っている物を何か渡すか…忘れてしまって言葉だけ遅れて伝える事もあるくらいで……
去年なんて母の日に母親から「何か私に言う事はないか?」と直接LINEが来たほどだった。
伊賀ってーーーーもしかしたら器用で人当たりが良いのを、俺が勝手に苦手としているだけで……
本当は母親思いの、優しいヤツなのかも知れない。
「そっかーーー淳子さん幸せだね。
ーーーー…あ、コレとかどう?
ーーー物もいいけどさ、夏休みとか連休使って、旅行とか」
あ、いいかもーーーー
俺は彼女の提案に勝手に賛成しながら、自分の母の日はどうしようと悩み始めた。
伊賀みたいにちゃんとーーー毎年考えてあげてなかったなと反省してしまいながら、俺は自分の母へのプレゼントを頭の中で考える。
オーソドックスにカーネーションとか?
それともおしゃれなケーキとか、アクセサリーとかの方がいいんだろうかーーー
もしくは彼女が提案したように、旅行とかーーー
「旅行かーーー…もし行くなら、美緒も来る?
ーーー部屋、一緒でいいでしょ?」
「ーーーーー!?!?!?」
クソヤロウ!!!何考えてるんだ!!!
前言撤回!!!!!
美緒が伊賀を「翔也」と呼ぶのにショックを受け、もしかしたら伊賀も美緒が好きなんじゃ無いかとか、美緒が伊賀の事を好きなんじゃ無いだろうかとかーーー
挙句もしかしたら2人が両思いなんじゃ無いかとかそんなことばかり考えてヤキモキした。
俺はそれからしばらく、美緒の事が頭から離れなかった。
美緒がどこの学部で、苗字はなんていうのかとかーーーそんな事すら知らないのに美緒の事ばかり考えてしまう。
気になるのに伊賀に声をかけるのは躊躇われ、俺はここから数週間をこのモヤモヤと共に過ごすことになった。
俺はこの間にビーカーを割り、試験管も割りーーー当時教授だった相澤先生に睨まれた。
恋というものはなんでこんなに効率が悪いんだろう。
相手の事を好きなのに比例してーーー相手と仲良くなれるわけじゃない。
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