10

10/10

177人が本棚に入れています
本棚に追加
/97ページ
俺は伊賀を渾身の力で突き飛ばした。 そして気づく。 ここはーーーー外階段の上なんだと。 ドサッーーーーーー! 「ーーーーーーーーッ!!!」 伊賀は俺に押された衝撃で、仰向けになったまま階段の下に落ちていた。 瞳は開いていて、後頭部からは血が吹き出し、コンクリートに作られる血溜まりは今この瞬間も大きくなっている。 俺は慌てて階段を降り、伊賀に近づいた。 伊賀の顔を見ると、その切れ長の二重と目が合った。 「ーーーーー…ごめん… ーーー卑怯ーーー…だよな…こんなのーーー」 力無く微笑み、伊賀は言った。 喋るな。 今直ぐ…救急車呼ぶからーーーーー そう思ってポケットから携帯電話を取り出したのに、手が震えて携帯のロック画面を解除するのに手間取う。 何にビビってんだよーーーー早く…早くしないとーーー 「やめろよ」 伊賀は救急車を呼ぼうとする俺の手を掴んだ。 その手は弱々しく、既にひんやりとしていて血の気が無い。 「ーーー母さん…喜ばせたかったんだ…… ーーーお前いっつも…1番で……俺2番じゃんーーーー… だからーーー…悔しくてーーー… ごめんーーーゲスい真似したーーーーー」 そこまで言って、伊賀の目が閉じかける。 俺は思わず伊賀に手を触れようとした。 ーーー死んじゃーーーダメだーーーー 「よせって…!!!」 俺の手は、またしても伊賀の弱々しい手に振り払われる。 自分の手はーーー情けなく震えている。 「ーーー逃げろ…青木…… ーーーお前……変人の……天才なのにーーーー ーーー俺のせいでこんな……勿体ねぇってーーーー」 「ーーーーーッ……」 逃げろ? 俺は…お前を突き落としたのにーーーー 「えーー!嘘!そうなの!?」 「!?」 突然聞こえてきた女性の声に俺は肩をびくつかせる。 誰かいるのかーーーー 「早く行けって……ッ…… ーーー美緒に…2度と…会えなくなるから……」 伊賀はそう言うと、目を閉じた。 そしてその目は、ぴくりとも動かなくなる。 俺は焦り、ゆっくりと後退りをした後そのまま伊賀に背を向けた。 そして、研究室がある棟へと続く扉に入り、勢いよくその扉を閉めた。 心臓が激しく動き、眩暈がしたーーーー 吐き気を伴う頭痛がしてーーー俺は咄嗟に入った男子トイレの個室でしゃがみ込んだ。 冷や汗が吹き出し、自分の足元に雫が落ちる。 伊賀を突き飛ばした右手が震え、その震えを自分じゃ止める事ができない。 「ーーーーーー……」 人をーーーー殺してしまったーーーーー 殺すつもりは無かったとは言え…人を殺してしまったーーーーー しかも美緒が信頼してる…幼馴染の男をーーーーー 「ーーーーうッ…え……」 吐き気が込み上げてきて、それを堪えきれず俺はトイレの中に胃の中のものを吐き出した。 伊賀の死に顔が頭から離れず…寒気が止まらないーーーーー 俺はしばらく吐き続け、胃が空っぽになってからもえずき続け、しまいには胃液まで吐き出した。 「ーーーーーー…ッ…」 俺はトイレの蓋を閉め、トイレのレバーを押して水を流した。 深呼吸をして呼吸を整えーーー覚悟を決める。 自首しよう。 自首しなければ、ならない。 伊賀は確かに卑劣な真似をしようとした。 そして俺はその男をーーー咄嗟にとはいえ、殺してしまったのだ。 俺はまだ力の入らない足を何とか動かし、先程通った道を戻り外階段に通じる扉を開けた。 俺が伊賀を突き飛ばしてからどれくらいの時間が経ったのかーーーそれすら定かでは無かった。 「伊賀!…しっかりしろ…伊賀…!」 伊賀の名前を呼ぶ低い声に、一瞬身体を縮めそうになる。 扉が開いた音がしたのか、声の主は俺の方を振り返る。 ーーーーーー津田先生ーーーー 「…青木……大変だ…伊賀がーーーー!」 俺はごくりと唾を飲み込んだ。 口の中はカラカラに乾いていて、飲む唾なんてほとんどなく、俺は酸素が足りない水中の魚のように、口を僅かに開け空気を飲み込む。 言わなくてはーーーコレは俺がやったんだとーーー 「ーーー階段から落ちたらしい… ーーーー研究発表会の準備でーーー…無理が祟ったのかーーーー… 疲れてて足を…踏み外したのかーーーーー」 津田先生の言葉に俺は言おうとした言葉を飲み込んでしまった。 それと同時に、安堵してしまった。 この死が事故として処理されればーーーー俺は何もかもーーー失わずに済むんじゃ無いかと、そう思ってしまった。 俺は津田先生に言われた通りに自分が殺した男の救護を手伝い、救急車が到着するのを待った。 コレでいいーーーコレで…いいんだーーーー。 俺はあの日何度と無く心の中でそう繰り返した。 この時の俺は知らなかった。 この判断が全部に全部ーーー ーーーー間違っていた事にーーーーー
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

177人が本棚に入れています
本棚に追加