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「湯川?」
後ろから声がして、振り返る。
この少し掠れていてーーーー落ち着いた低い声はーーーー
「ーーー津田先生…」
翔也の家を前に立ち尽くしてしまった私は、かろうじてその名前を呟いた。
隣を見ると一緒に来たはずの母の姿は無く、私は一瞬戸惑う。
翔也と仲が良かったーーー津田先生……
私は別の学部だから授業を受ける事は無かったけど、翔也はよく津田先生と一緒にいて、仲が良いみたいだった。
私も時々、翔也と一緒にいる時に声をかけられると、3人で話をしたりして。
「……大丈夫か……顔青いぞ……」
津田先生に言われて、やっぱりかと思う。
さっきから体が浮いているようだ。
「…大丈夫…です。………たぶん……」
「ーーー無理なら…行かなくてもいいんだぞ…
ーーーー伊賀だって…それは分かってくれると思うしーーーー」
津田先生はそう言い掛けて、言葉を飲み込んだ。
伊賀ーーーの名前を出したのを申し訳なく思ったのかなーーーと考えてから気づく。
自分の目から、涙が溢れた事。
私は慌てて手の甲で涙を拭い、ポケットに入れていたハンカチを取り出す。
「湯川ーーーー」
「すみません…!
ーーーーどうしても…感情的になっちゃって…
……翔也が……っ…翔也が死んだなんて……まだ……全然思えなくて……」
一度溢れた涙と一緒に感情が溢れてきて、私は津田先生にそう告げて涙を拭った。
涙は拭っても拭っても瞳から溢れてきて止まらず、津田先生は人目を気にして、私を翔也の家の門の端っこに連れて行った。
「ーーー本当に無理しなくていいんだぞ……
お母さんには俺から言っておくしーーー
ーーー俺の車で待っててもいいぞ……」
津田先生は黒いタートルネックに黒いジャケットを羽織っていた。
細身の津田先生は涙越しに見ると、夜の闇に同化して、溶けてしまいそうだった。
私の脳は感情を少しでも落ち着けたいが為なのか、なぜかそんなどうでもいい事を考え始めてしまう。
「先生はーーー平気なんですかーーーー?」
私の問いになんと答えるべきか迷ったのか、津田先生は言葉を発せず、私たちの間に少し間ができた。
「ーーー私……私死んだ翔也を見るのが怖くてーーーー…
ーーーそれに…翔也が死んだのにーーー私は生きててーーー……
なんか余計……私が会う事で翔也のお母さんをーーー傷つけてしまう気がしてーーー」
津田先生は少しだけ視線を私から外して、考えるように右上を見た。
辺りはもう、すっかり暗くなっていて、遠くの方で雷が鳴っている。
「湯川」
私の名前を呼んで、津田先生は一呼吸置いて続けた。
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