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「ーーーー葛西……立派な研究者になれよ…
俺よりすごい研究をーーーお前ならやってのけると思うからーーー
いいかーーー…絶対に…何があっても悪魔の声に耳を貸さずにーーー…真っ当に生きてーーー俺より早く、俺よりすごい研究者になれよーーーー
ーーーお前が俺に憧れてくれてるって知ってーーー嬉しかったしーーー…
何回か一緒にメシ食って……楽しかったよーーーー」
青木先生は真っ赤な目で振り返り、いつものーーーー『マッドサイエンティスト』と他の生徒達から言われている微笑みそっくりに笑顔を作った。
この淡々として…掴めない態度がーーー青木先生の最後の強がりなのだろうと思うと、俺は込み上げるものに邪魔され、上擦った声で「はい」と返事をするだけになってしまった。
「あと」
立ち止まる青木先生は今度はこちらを振り返らず、思い出したように付け足した。
「ーーーー紺田」
「ーーーーーー!」
要は返事をせず、顔をただ青木先生の方へと向けた。
「ーーーーー…まだ若い君の気が変わらなかったらーーーー
ーーーーどうか美緒をよろしくーーーー」
青木先生は振り返らないまま、そう告げて澤田さんの部下と研究室を出て行く。
要は返事をする事ができず、青木先生を見つめたまま、その場に立ち尽くす。
美緒をよろしくーーーーってーーー
…そんなこと言われたってーーーー
「ーーーー本当に最後までーーー…
…何考えてるか分からないーーー…自分勝手な男だったなーーーーー
ーーーー自分が叶えられなかった夢もーーー自分が好きだった女もーーーー
ーーーー全部キミたちに任せて行くんだからな」
澤田さんはいつもの困ったような顔でそう告げ「強引な引継」と溜息をついた。
「警察なら怒鳴られてるよ」とも言った。
入り口の側に、涙目になった菅原さんが立っていて、俺と目が合うとぺこりとお辞儀をしてくれた。
「でもマッドサイエンティストーーーでは無かったなーーーー
紳士の皮を被った悪魔ーーーって…湯川さんが津田先生の事を話していたが……
本当に用意周到なーーーずる賢い悪魔だったよ…伊賀が売春していたと言う話もーーー津田教授が流した物だったしーーーー
津田教授は最初からーーー伊賀も青木も何かしら問題を、起こしーーー2人とも消すように計画していたんだろうーーーー
ーーーー反対に青木先生はーーー…マッドサイエンティストのフリをした…不器用な人間だったってわけか……」
澤田さんは寂しそうに俯き、菅原さんも視線を下に落とした。
俺達は3人で研究室を後にして、菅原さんが最後にその鍵をきちんと閉めた。
要は一言も言葉を発せず、黙ったまま俺と澤田さんの後を大人しく着いてきた。
「ーーーー大丈夫…君のマドンナには執行猶予がつくと思うよーーーー
はっきりとした刑罰は約束できんが……子どももちゃんと産めるーーーー
青木先生の引継ーーー参ったね…ホント……」
澤田さんは俯き加減で歩いていた要の肩をがしりと掴んだ。
要はなんとか微笑み返し、珍しく大人しく笑った。
「カッコよかったぞーーー…
…………ちょっとキザかったけどな…」
要は反論する様な表情をあえて作り、澤田さんの方に顔を向けた。
「ーーー確かに…キザかった……」
俺はそう言ってから、澤田さんに聞こえない様に要に囁いた。
「負けたよ、完敗」と。
要は少し驚いた様に、俺の方に顔を向けた。
ーーーー突っ込まないでくれよ…
負けたよーー負けたーーー。
完敗だーーーー。
俺がお前ならーーーー湯川さんをああやってーーーーここまで支えてあげられなかった。
ーーーー悔しいけどコテンパンに負けたよ…
ーーーーなんせ…青木先生もお前に湯川さんを託したじゃないかーーーーー
「ーーーなんか食って帰るか………!
ーーーいいか、コレはあくまで、事情聴取だからな…!
お…!!!ーーー杉屋行くか!杉屋!」
澤田さんは大学を出て直ぐの、杉屋の看板を指差した。
「いいっすね」と返事をした要の横で、俺は見た事ある筈もないのに、十数年前の杉屋で並ぶ青木先生と湯川さんを思い描いていた。
思い描いた2人は目を合わせて何かを話しており、どちらとも笑顔だった。
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