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「いやーー…見てないですねーーー…
要の事だからまたどっかでぷらぷらしてるのかも知れないですけどーーー…見つけたら湯川さん達がきてた事伝えておきますね」
湯川さんは少し考えた後頷き「よろしく」と微笑んで、左手で前髪の分け目を整えた。
湯川さんの左手の薬指は、あの時からもう、ずっと空っぽのままだ。
「母さん。俺ちょっと生物学部見たい」
「あ、うん。お母さんもいこっかーーー?」
「いい。1人で平気」
「わかった…じゃあ終わったら、LINEして。
お母さんも適当に見てるからーーーー」
レオ君は「了解」と短く返事をすると、サイエンとスーに軽く会釈をしてから、生物学部の方へ歩いていった。
「工学部も気になるみたいなんだけどね…レオ動物も好きだから生物学部にも興味があるらしいの」
湯川さんはそう言って、生物学部の教室の方へと歩き出したレオ君の背中を見つめた。
湯川さんはどんな気持ちでーーーーこのオープンキャンパスに来たのだろう。
良い思い出だけでは無いーーーこの場所に。
「さーーー!
…私は食堂行って何か食べてこようかな…ちなみも行こうよ…!
ーー…睡眠薬入れたりしないからさ…!」
冗談ぽく笑った湯川さんをみて、山本さんは困った顔をした。
「アンタまたそうやって笑えない話を笑い話にして…!!!聞いたら紺田泣くよ!!
ーーーまぁ…でも…歩き疲れたから休憩しよっか!
ーーー歳をとるって、大変だわ!」
山本さんはそう言ってわざとらしく腰をトントンと叩いてから「じゃあね」と俺たちの方に手を上げた。
食堂へ向かって歩いていく山本さんと湯川さんを、サイエンはじっと見つめている。
それを見ていたスーが、サイエンの横に並んだ。
「ーーーーよかったんすか………
ーーーサイエンのまま…着ぐるみ脱がなくて」
要の言葉に、俺はやっぱりかと溜息をついた。
お前なら気づくと思ってたよーーーーサイエンがーーー誰なのか…必ずーーーー
「ーーーいいに決まってるだろ…スーちゃん…
いいんだよ……コレで……
…大切な息子とその母親をーーーー犯罪者の息子と妻にしたくなかったんだからーーーー」
サイエンはそう言うと手を前に組み、姿勢を整えた。
その横でスーが大きな溜息をつく。
「ーーーーカッコいい事言って…
ーーー本当は俺みたいなイケメンが恋のライバルだからビビってんだろ…!
…俺もうおじさんだし、フラれるかもー…なんて…!
着ぐるみ脱いでみてくださいよ…!
どんくらいおっさんになったか、見てやりますから…!」
スーは挑発する様にサイエンを小突いた。
サイエンはそれをかわし、スーに背を向ける。
「絶対脱がない。
今日俺は一日…サイエンとしてここに存在する…
それで給料貰うんだからーーー脱がない…
俺はキミに言ったからなーーーー
美緒をよろしくってーーーちゃんとーーーー」
この頑固そうなーーー理屈っぽい口調ーーー…
昔から変わらないなと、俺は2人のやりとりを眺めながら笑ってしまった。
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