ぽっぽの道すがら

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「寒っ。」 今夜はとっても冷えるから、帰り道に温泉入って帰ろうと思いながら大学の講義を受けていた。 民法の講義は、あと1回。 リモート講義ばかり続いて、やっと大学でみんなと一緒に勉強してる。 女子もいて、嬉しい。 いやいや、真面目に講義を聞かないとと思いながらノートに書き留めた。 「親族。家族関係の変化。」 と。 大学3年生の佐藤ハルトは、講義を終えると江川崎駅に向かった。 「電車、まだ来ないな。」 待ち合い室で、持っていたコンパクト六法の第726条を眺めながら片手に肉まんを食べて暖をとっていた。 「今日、教室に見かけない女子がいたな。お、電車が来た。」 電車が構内に入って来たことに慌てて気づき、とっさにコンパクト六法をベンチに置いて走り乗った。 松丸駅に着いて電車を降り、賑わう温泉に向かった。 「森の国ぽっぽ温泉」は有名な観光地。 冷える日には最高の温泉。 地元ではみんながよく使ってる温泉だ。 湯船に浸かるハルトは、 「今日の講義も楽しかったな。」 とリラックスしていた。 「あ。コンパクト六法忘れた。」 と、思い出して慌て湯上がした。 受付の人が、 「佐藤ハルトさんですか?あなたのコンパクト六法、預かってます。」 と言われた。 江川崎駅のベンチに忘れたコンパクト六法が戻って来たのだ。 「ん?どうやって戻って来た?」 心の中でそう思いながら受け取り、 「どなたが忘れものを届けてくれたのですか?」 とハルトが尋ねると 「鈴木キヨさんという女子学生の方です」 と言われてハルトは思い出した。 松丸駅の反対側のホームに、女子学生が座っていた。 令和に似つかない、レトロな服装をしていた。 「あれは人だったのか?」 「教室にもいたような気もするが、曖昧な記憶だな。」 と、思いながらコンパクト六法を見ると、1枚のメモが道路に落ちた。 「家系図では、あなたは子孫。」 と書いてあり、今度は慌ててハルトは自宅へ帰った。 ハルトは伊予の豪商の末裔だった。 家族に頼み家系図を開いた。 4代前の名前に書き記されていたのは、 「鈴木キヨ」。 ハルトのご先祖さまだったのだ。 「閉塞感しかない学生生活を心配した祖先が、見守ってくれたのか。」 と、ハルトは怖いような嬉しいような複雑な気持ちになった。 コンパクト六法に名前を書いていたから、手元に戻って来たのか。 どうして松丸駅で降りて温泉に来たことを女子学生が知っていたか、分からない。 大学構内で、二度とその女子学生を見かけることは無かった。
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