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「海賊王に、俺はなる!!!!」
田原宗介は帰宅のドアを開けるなり、そう言い放った。
妻の田原京子は呆れた顔でため息をついた。しかし、その顔もため息も届かぬままに宗介は背広を脱いでソファーでくつろぎ、ビールを飲みながら夕方のお笑い番組を観て笑うだけだった。
食器洗いをする京子の顔は、いつしか憎悪の念が流れていた。
夕食過ぎて束の間の休息流れる時間。京子は最後のお茶を飲み干すとシワになった離婚届をテーブルに置いた。まだ何も片付いていないテーブルに置かれた離婚届は点々の染みができた。
さっきまでニュースを観ては、あれこれ言っていた宗介の目線が行った先は離婚届の次に京子の顔だった。そう、今日初めて見るくらいに目線が合った京子の顔だ。
「言いたい事、分かる……?」
……5年前、結婚したての頃、夢を追い続ける宗介の背中を押していたのはいつも京子だった。誰に反対されても構わない。そんなつもりで馬鹿にされて帰ってきても慰めていた。
『俺、今年で30だし、海賊王になるの辞めようと思うんだ……』
『何言ってるの。40歳からでも海賊王になった人の話、私知ってるよ。大丈夫、まだ頑張れるって』
その時の京子の顔は、今はない。顔は無表情だ。
その日、食器洗いは俺がするからと言い続けた宗介に、無表情の顔に笑顔を付け加えて言った。
「次にお嫁さんもらったら、夢物語をずっと聞き続けてくれる人ならいいね」
笑顔の裏に見えた京子の心情に初めて宗介は触れた。しかし、それは遅かったのかもしれない。
眠れぬ夜。まだ見ぬ夜明け。後悔や懺悔がいかに意味があるのか。幾多の思いが入り乱れる深夜一時、宗介は溢れる思いを声に出さない訳にはいかなかった。
「人の夢は!!!終わらねェ!!!!」
終わらせる夢もあるんだよ。微かに呟いた京子の声は、宗介には届かなかった。
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