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魅了
光る電飾がtwilightという文字を形作っている。
情緒ある風景をイメージさせる名前とは違い、店の中はEDMが鳴り響き、薄暗い照明の代わりにそこら中にネオンの電飾が飾られている。
「どうだ森口、楽しいだろ」
酒のグラスを手に持ちながら高校以来の友人は、鳴り響く音楽に負けないよう声を張り上げる。
それに苦笑を返しながら、未だ居心地悪い空間を見渡した。
キャバクラやホストクラブとパフォーマンスショーを融合したようなこの店の名前は、トワイライトというらしい。
広い店内にはバーとステージ、ボックス席が並んでいる。キャストは男女半々で、お客も大体同じような数だった。
僕と友人が座るこの席にも女の子がふたりついている。
「森口さんはうちのお店、初めてですか?」
「そうだよ。なんだかこういうところは慣れなくて……」
「えー、かわいい、いっぱいお話ししましょ」
僕の隣にいる女の子が高い声を出す。なんて答えたらいいのかわからず、また苦笑を貼り付けた。
SNSがきっかけで久しぶりに会った友人に、半ば無理やり連れてこられたクラブ。こういった店に馴染みのない僕は、未だそわそわとしていた。
席についている女の子とたくさん話している友人とは違い、もう帰りたいと何度も思っている。
「森口さんは、どんなお仕事してるんですか?」
「ショコラティエなんだ」
「えー、すごい! あ、でもなんとなく森口さんの雰囲気に合ってますね」
肩と背中のほとんどが露出しているドレスの女の子は、身を乗り出してさらに僕に近づく。
ふくよかな胸が垂れて、谷間が深くなる。
きっと友人なら喜ぶ状況だろうけど、触れ合いそうな距離に堪らなくなって、逃げるかのように席を立った。
「ごめん、ちょっとステージを観てくるよ」
「えー、行っちゃうんですか」
「いいっていいって、森口は放って俺たちでお話ししてよう」
別に隣の子が気に入らないわけでは無い。派手すぎないメイクは可愛らしい顔に似合っていて好感が持てる。
けれど自分はこういった場に慣れていないからか、触れそうな距離がなんとなく嫌だと思ってしまった。
席を離れ、人の間をぬってステージに近づく。 ダンスを観ているお客に紛れようと思っていたが、メインステージに行く途中にあった小さな円形のステージが目に入る。
ポールを使い重力から解き放たれて動く青年に引き寄せられた。
猫のようにしなやかに体が動く度に、黒い髪が揺れ端正な顔が見え隠れする。
まだ二十歳前後に見える青年は若さもあるのに露出度の高い服も相まって、動きの一つ一つが艶やかだった。
「綺麗だ……」
誰に言うでもなくぽつりと呟く。
ステージの少し手前で眺めていると、彼の視線が自分に向けられた。
引き上がった唇にどきっとする。青年はこちらに向けて人差し指をクイッと折り、僕の事を呼んだ。
人差し指に引き寄せられるまま、ステージに近づく。
すると青年は片手でポールを掴み倒れないようにしながら、グイッとこっちに身を乗り出した。
一瞬で縮んだ距離に息を飲む。顔のすぐ横に彼の存在を感じた。
「チョコレートの匂いがする」
耳元で聞こえた美しい声に意識が占められる。鳴り響く音楽や会話が遠くなって、ただその声だけが聞こえた。
時間にすると一瞬のうち。僕の頬に、ちゅっというリップ音を残して青年は離れる。
ぼうっとしている僕にはもう視線を向けずに、また狭いステージで踊り続けた。
柔らかな感触が触れた頬を抑える。なんだかメインステージに行く気力がなくなってしまった僕は、青年のダンスを目に焼きつけるとまた席へと戻った。
「あ、森口さんおかえりなさーい」
「あ、うん、ただいま……」
さっき話していた女の子の隣にまた腰掛ける。
ぼうっとしている僕に女の子は、少し可笑しそうに笑った。
「オリくんに魂とられちゃいました?」
「え? オリくん?」
「さっき森口さんが見てた、ポールダンスしてる男の子。オリくんのダンスセクシーだし魔性の雰囲気あるから、魅了されちゃう人多いんです」
女の子の話で、さっきの子はオリという名前だと知る。キャストはみんな源氏名だと聞いていたから、本名ではないのだろう。
艶やかな黒髪に挑発的な目。女の子の言う魔性という言葉はぴったりだなと思った。
もちろん悪い意味ではなく、彼の色気溢れるダンスと雰囲気が合っていて、観る者を虜にする。
「でもオリくんから触ってくるなんて珍しいですよ。いつもは自分から触ったりしないもん。森口さん気に入られちゃったのかも」
半分冗談なのだろう、女の子はなんてね、と笑う。
魂をとられたというのは、あながち間違いではないのかもしれない。
近づいた時に香った少し甘い香水の匂い、しなやかな体。観ている者のためではなく、自由に自分の好きなように踊り続ける彼に、僕の意識は囚われてしまった。
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