ご贔屓に

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ご贔屓に

 クラブ内のバーのカウンター席でお酒を飲みながら、先日と同じように小さなステージで踊っている黒髪の青年を眺める。  バーはボックス席からの注文で飲み物を用意する役割が大きいのか、ボーイはたくさん来るがカウンター席を利用する客は自分だけだった。  他のお客はバーで飲むならボックス席でキャストと話すか、お酒片手にステージ前でショーを眺めたり、鳴り響くEDMに合わせて踊っている。  先日友人に強引に連れてこられたクラブに、今日はひとりで来ていた。こういう場所は今まで縁がなかったし、もう来ることもないと思っていた。  それなのに、もう一度彼を見たくて、ひとりで来てしまった。バーで飲んでいるのは自分ひとりだけで肩身が狭いのに、もう少し彼のことを見ていたい。  セクシーに体をくねらせ、かと思えば重力から解放されて激しく動く彼のポールダンスに、すっかり夢中になっていた。  それは僕だけではないのだろう。さっきから男女問わず来たお客は、彼の服にチップを挟んでいく。  ショートパンツの隙間にお札が挟まれるのを初めて目にした時は驚いたけど、何度か見るうちにこのクラブでは普通のことなんだとわかった。  タイミングを見て、スタッフがチップを回収に来ている。 「こんばんは」  ぼうっとダンスを眺めていると、声がかかる。誰かに声をかけられるなんて思っていなかった僕は、はっとして姿勢を正した。 「こ、こんばんは」 「いやぁ突然すみません。バーでお酒を楽しまれるお客様は珍しいので、つい」  つい声をかけてしまった、と言う男性は、座る僕の隣に立つ。バーの中で忙しなく働いていたスタッフが彼に何か飲むか聞いたが、それに片手を上げて断った。  お客様という言葉、クラブで珍しい上品なスーツ、清潔感のある穏やかな雰囲気、スタッフの反応。そこからこの男性が店の運営にたずさわる人物だとわかった。  もしかしてずっとオリという青年を眺めていたから不審に思われたのかと慌てたが、男性は穏やかに微笑んでいて安心した。内心ではどう思われているかわからないけど。 「オリがお気に召したのですか?」 「え、あぁ、はい……なんというか、すごく綺麗だなと思って、ずっと眺めていたくなってしまって。あ、でも、変な気は起こさないので!」 「いやいや、そんなことは思っていないのでご安心ください」  穏やかに微笑んだままの男性にほっと息を吐く。ひとまず不審者扱いされていないようで良かった。 「オリはダンサーの中でも人気があって、オリ目当てのお客様も多いんですよ。うちの店はキャストからでなければ体の接触は禁止なのですが、それでもありがたいことにチップをいただけて」 「そうなんですか……チップのことは知らなかったので、驚きました」 「あぁ、そうですよね。初めて目にした方は驚かれます。それでは、私はこれで。お邪魔しました」 「いえ……」 「今後もトワイライトとオリをご贔屓に」  男性は僕にお辞儀をし、なにかバーのスタッフに合図をすると立ち去った。穏やかだけどなんだかこっちが少し緊張する人だったなと思っていると、バーのスタッフに声をかけられる。  綺麗な金髪の女性スタッフが、新しいグラスを僕の前に置いた。 「こちらオーナーからです」 「え、オーナー……」 「さっきの、うちのオーナーなんです」  さっきの男性がオーナーだと知ってもそれほど驚かなかった。だからあんなに落ち着いた雰囲気だったのかと納得する。  新しいグラスに口をつけ、僕はまた艶やかで綺麗なポールダンスを眺める。  ダンスを眺めながら、キャストからでなければ体の接触は禁止だという言葉を思い出した。思い出すと同時に、ここがそういう店で安心している自分にも気づく。  ほんのりと上昇した体温に、自分がほろ酔いになったことと、思っているよりもオリという彼に意識がしめられていることを自覚した。
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